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Re: 真の「幸福」とは何か?

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 7日(水)20時03分56秒
返信・引用
  > No.230[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんばんは。

またしても、恋(!?)のお話ですね。
でも、少々苦い結末なのがいかにも残念。
相手を甘やかすばかりが愛ではないという、いつぞやのお話の続きのようになってしまいましたね。
わが国のODAの結末を見るかのごとしです。

 いいえ、あらぬ誤解です。

 出会いの少女と25歳の娘さんは、明記したように“人違い”なんです。正真正銘の“別人”です。

 何が言いたかったかというと、“買ってやった”と強調文字にしたとおり、出会い頭は無意識であったにせよ、少女よりも自分のほうが全てにおいて上位者という、どこか傲慢な気持があったのですよ。
 カネも持ってるし知識や外遊・社会経験等を含めて。

 ところが、それは傲慢なるがゆゑの錯覚に過ぎなかったということ。
カネ・知識・経験等、何から何まで豊富に手にした自分より、少女の態度に人間として“あるべき姿”をみる思いがしたというだけの話です。
 有り体に言えば、自分に比べて何も持ってないであろう少女の、幸せそうで満ち足りた表情から、逆に“教えられた”のですよ。

 自分の子供時分を振り返ると、少女と同じような環境にあり、少なくとも同じような生活態度を心がけていました。
親を手伝って親の喜ぶ顔がみたかったし、好奇心旺盛という意味では勉強熱心でしたから。

 ところが、大人になるにつれ、妙な「分別」がついてくると、そうした純真で素朴な感情を急速に失くしていった。
誰が悪いというわけでなく、ときとともに自分自身で勝手に“易きに流れた”というか、妙な処世術を身につけてしまっていたのです。

 そういう自戒を込めて書いたつもりでしたが・・・。

 
 

Re: 真の「幸福」とは何か?

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 7日(水)18時51分39秒
返信・引用
  > No.229[元記事へ]

クロ様

こんばんは。

>  根が貧乏症ゆゑ、金持ちのする運動は致しません。(きっぱり)

それは残念です。
ゴルフをなさるなら、今からスイング理論について薀蓄の一つも垂れるところでしたのに(笑)。

> SHOさんも、タイへ行ってゴルフなさると好いですよ。

う~ん、早くそういうご身分になりたいものです。

> まさに“二宮金次郎”の世界を想わせるお手本がそこにありました。

またしても、恋(!?)のお話ですね。
でも、少々苦い結末なのがいかにも残念。
相手を甘やかすばかりが愛ではないという、いつぞやのお話の続きのようになってしまいましたね。
わが国のODAの結末を見るかのごとしです。
 

真の「幸福」とは何か?

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 7日(水)15時28分8秒
返信・引用 編集済
  ☆ SHO 様


 こんにちは。

 いつもは午前2時頃寝て、朝9時頃起きるぐうたら生活ですが、タイへ行って来たら、さらに2時間遅れ(時差2時間)になってしまいました。

クロ様はゴルフをなさるでしょうか。

 根が貧乏症ゆゑ、金持ちのする運動は致しません。(きっぱり)

 そういえば、チェンマイにも現地日本人会があって、事務所近くの和食レストラン(というより“食堂”)で食事をしていると、聞こえてくるのはほとんどゴルフ談義ですね。
 聞くところに依ると、日本でプレイ(遊ぶ)する金額の五分の一程度で出来るとか。
SHOさんも、タイへ行ってゴルフなさると好いですよ。

 それより、ブータンです。
お話を伺って、にわかに興味を覚えました。

 もう20年以上前の昔、職場で知り合った友人(といっても一回り以上年長者)の奥様が、いそいそとブータンへお出かけになり、仏像彫刻に勤しんでおられるというお話を聞いたことがあります。
そのときは、何でブータン?と思ったものですが、そういうことでしたか。


 斯く言う私自身、お寺以外に見るところのないタイへ、それも首都バンコクではなく、わざわざ山奥のチェンマイまで出かけるのか と問われれば返答に困るのですが、ふと、この「幸福」を追い求めているからではないか、という気がしてきました。

 というのも、労組仲間(但し大先輩)と二人で、久し振りにタイを訪れた際、チェンマイ~チェンライ間のメー・スウェイ(MaeSuai;“美しい母”の意)という町、いや「村」と言ったほうがいいと思いますが、露店でトウモロコシを売っている少女(中学生?)と出会い、それを“買ってやった”ことがあります。

 一日何本売れるか知らないけれど、二本一組20バーツ(≒¥50-)では生活の足しにもなるまい、という同情もあったし何より可愛かったから。
一緒に写真を撮って後で送るからと約して、住所を書いてもらったはいいが、こっちはタイ文字が読めない!
余談ながら、タイ語を勉強してみようと思ったのは、これがきっかけ。

 あのとき、終始柔和な微笑を浮かべた少女を見ながら、ふと思ったのです。
物質的金銭的に満たされた此方より、彼女のほうがどれほど幸せそうに映ったことか。
 旁らには人知れず教科書が置いてありました。
きっと、客が来るのを待ちながら勉強していたのでしょう。
トウモロコシを売って家計を扶け、寸暇を惜しんで勉学に勤しむ。
まさに“二宮金次郎”の世界を想わせるお手本がそこにありました。

 ここで話が終わっていればよかったのですが、後年になって件の先輩が彼女の家を見つけた、とか言うので一緒に訪ねてみたところ、明らかに“人違い”でした。
ところが、その後が大変。
先方は“人違い”かどうかなどどうでもいいらしく、「ウチの娘(25歳)を嫁にやる」と甘言を弄し、一族郎党みんな寄って集って放免してくれない。
帰国したあとも、その娘さんとやらから手紙が来て、美容師になりたいから支援して欲しい、とある。
ただ、後になってよくよく考えてみると、“男”の字体だったし、たぶん姉婿が勝手に出した?

 自分にとっては大した金額じゃないし、どうせ遊興費に消えるだけだから、と善行のつもりでしばらく送金していました。
どれほど感謝してもらえるかを愉しみに、実際に会ってみると・・・。
実入りが悪いからと美容師見習なんかなってないし、見渡せば急にTVや冷蔵庫等の家電品が揃っている。
問い詰めこそしなかったものの、元を糾せばおそらく送金で買えたものだろう。
にもかかわらず感謝するどころか、親爺に至っては、高床式ボロ家を西洋風に建て替えたい、などと暗に「もっとカネを出せ」といわんばかり。

 自分では善行のつもりが、先方を働かずしてさらに堕落させる結果になりかねないと悟り、お互いのためにきっぱり縁を切りました。
チェンライ方面へ遠征する際、今でもその「村」を通りますが、新築予定地(?)は雑草に蔽われて廃墟と化しています。

 戦前はドイツから日本、戦後も永らく米国統治下にあったパラオを訪れた際、パラオ人の観方に莫大な感慨を抱きました。

  日本人は我等に厳しいことばかりを要求した。
  しかし、それは我々が独り立ちするために必要なことばかりだった。
  アメリカ人は我等に享楽をもたらしてくれた。
  しかし、それは我々を堕落させるものばかりだった。

 パラオ人が言うが如く、現地の人々の物質的金銭的欲望を満たしただけで、知らず知らずのうちに“人”としてもっと大切な純真さ素朴さという性質を奪い去り、一時的な享楽の道へと誘い込んで堕落させていたのです。



《追伸》

 読み返すうちに気がついたのですが、
一国の「独立」も、一個人の「独り立ち」も同じことですよね。

 すると、米国依存症から脱しきれない戦後日本は、マッカーサーが言うとおり『精神的に12歳の子供』と見られて当然ということか。

 パラオ人の観察眼に感謝!
我々戦後日本人が見習うべきは米国などではなく、“戦前の日本人”であることを示唆してくれている。

http://

 

Re: 無事に戻りました。

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 7日(水)08時17分46秒
返信・引用
  > No.227[元記事へ]

クロ様

おはようございます。

>  先ほど、午前0時過ぎに何事もなく、無事帰宅しました。

ご無事で何よりでした。
小生は昨晩、地区の医師会の会合があり、そこで先輩医師と整形外科談義に花を咲かせておりました。
お題は「ゴルフで球を飛ばすのに必要な筋肉とは?」です。
小生、この理屈に気付いてから本当に球が飛ぶようになりましたが、まあ、ゴルフをしない方にとってはどうでも良い話ですね(笑)。
クロ様はゴルフをなさるでしょうか。

では、旅の土産話に期待しております。
 

無事に戻りました。

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 7日(水)00時40分3秒
返信・引用
   先ほど、午前0時過ぎに何事もなく、無事帰宅しました。

 SHO様、お気遣いありがとうございます。

 続きは、夜が明けてからゆっくりと・・・。

 取り敢えずのご報告でした。
 

<ブータン王国>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 6日(火)18時58分7秒
返信・引用 編集済
  > No.225[元記事へ]

クロ様

こんばんは。

ブータン王国は、国民が幸福感を得られているかどうかを、いくつかのアンケートでもって定期的に調査しており、90パーセント以上の国民が幸福であると答えた実績を有しているのだそうです。
国民が幸福であるためには皆が健康でなければならないわけですが、人間の病は自然環境を害することによって生じるという認識のもと、この国では、そのために様々な規則でもって自然保護に努めているといいます。そしてその結果、事実、国民には病気が少ないのだそうです。

政府は国民が幸福感を得られることを第一義として政策決定するため、伝統護持や自然保護の観点から多くの規則があり、国民の暮らしは決して豊かでも自由でもないという話ですが、それらが犠牲にされても尚、これほど多くの国民が幸福を感じて暮らすことができているというのは、本当に素晴らしいことです。

この国の存在は、自由であること、あるいは物資的に豊かであることが幸福の条件であるとして絶えず刷り込みを行ってきたどこかの国に対するアンチテーゼですね。
結局、人々が本当に幸福であるためには、“足るを知る”ということに尽きるようです。
小生にとって、この国が世界で脚光を浴びるようになったのは誠に愉快なことですし、死ぬまでに一度は訪れてみたい国ですね。

>  午前9時(日本時間午前11時)に逗留先を出発します。
> 自宅に着くのは「午前様」になりそうです。

お帰りをお待ち申し上げております。
 

Re: 日本文化の優位性

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 6日(火)10時40分14秒
返信・引用
  > No.224[元記事へ]

☆ SHO 様


 おはようございます。

GNH(国民総幸福量)

 こんな統計があるのですか?
不勉強でまったく知りませんでした。

 SHOさんのおっしゃる内容、ハッと我にかえった気がします。

 そう、人々の究極の目的とは、誰しも「幸せ」になりたいだけなんですよね。
どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

今頃、クロ様は帰国の途上でしょうか。
道中のご無事を心よりお祈り申し上げます。

 ありがとうございます。
 午前9時(日本時間午前11時)に逗留先を出発します。
自宅に着くのは「午前様」になりそうです。

では。

 

Re: 日本文化の優位性

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 6日(火)08時31分23秒
返信・引用 編集済
  > No.223[元記事へ]

クロ様

おはようございます。

> そして大袈裟に言えば、世界の文化は日本で集大成される、と思っています。

全く同意見です。
歴史に疎い小生でさえ、ほんの少しそこに目をやると、今日世界が抱えるあらゆる問題を、すでにこの国はくぐり抜けた経験があることに気づかされます。
先日、GNH(国民総幸福量)の増大を国家目標に据えるブータン王国国王ご夫妻が来日されていましたが、あれほど小さな国の在り様、その文化に、GDPの増大ばかりを追い続けてきた世界の先進国が学ぼうとしています。
やはり、何が本当に大切で価値があるのか、国籍、文化、宗教を問わず、人類には共通認識があるのではないでしょうか。優れた想いを育む者には、何が本当に優れているかが明らかなのです。

歴史の営みの中では、滅びてしまって地名にその痕跡を残すのみとなった国も数多いことでしょう。
しかし実は、国が滅びて尚、文化の営みだけは、しぶとく生き残ってきたのではないかと思います。
なぜなら、文化を継承するのは国家でも文明でもなく、人の想いであるからです。

人の営みと、その想いが途絶えてしまうことのない限り、文化のエッセンスは生き続けます。
現在を生きる我々の意識の内側には、そこに過去の人々の想いが息づいているのです。
そして、日本文化の守るべき最も優れたエッセンスが何であるかに着目するとき、日本を守る、あるいはその独立を保つと称して核武装を言い出したり、原発に頼ろうとするのが、いかに愚かなことであるか、多くを語るまでもないと小生は思う次第です。

今頃、クロ様は帰国の途上でしょうか。
道中のご無事を心よりお祈り申し上げます。

 

日本文化の優位性

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 5日(月)21時55分23秒
返信・引用
  ☆ SHO 様


 こんばんは。

確かに、相互理解を深める上で文化的相違点を自覚するのは重要です。
もっとも、小生はそうした文化的相違点を超越したところに人間存在が普遍的に有する根源的な価値基準が隠されていると信じています。
本当は文化にも優劣があり、より優れた文化にこそ、より優れた人道が築かれると。
とすれば、異国の文化を裁くまでもなく、自国の文化を極めること、即ち各々が己の想いを極めることに専心していればそれで良いという話になります。
過去に遡ればこそ、文化に境界を求めることもできるでしょうが、それが未来ともなれば、その融合によって、優れた文化に、劣ったそれが吸収されていくのを避けられないと思うからです。
優れた想いの集積が優れた文化を生み出すのであって、それはやがて世界のあらゆる文化を席捲することになるでしょう。
結局、向き合うべきは己が内面であって、自らの外側にあるものを裁いたり、あるいは変えようとするのは傲慢に他ならないというわけです。

 かなり高尚なお話で立ち入りにくいのですが、何となくわかるような気もします。
そして大袈裟に言えば、世界の文化は日本で集大成される、と思っています。

 古くは、支那伝来の学問をそのまま採り入れるのではなく、漢字から独自に仮名文字を創設したように、現代流行の言葉を用いれば、物真似に止まらず付加価値を見つけ出すことに秀でているんですよね。
朝鮮半島経由の仏教においても然り。
神仏習合という離れ業を捻り出し、かつ多様な宗派を生み出した。
発祥地天竺や経由地支那・朝鮮では、とっくに廃れてしまったにも拘わらず、日本では暮らしの中に根強く生き続けている。

 近現代で言えば、西洋列強に伍するため、支那・朝鮮は、昔とは逆に日本の制度・文物から学んだ。
 そして、戦後になって西洋発祥の自動車やカメラ・家電製品等は、日本がその普及に多大なる貢献を果たしている。

 以上を以て単純に日本文化が優れているとは言えないかもしれませんが、少なくとも劣っている証拠にはならないでしょう。

 共産中国を“反日”と決め付け、レッテル貼りするのは簡単だが、よく観ると、言うこととやることが正反対。
 表向きは日本を見下すかのような強面発言を繰り返すが、それとは裏腹に、人民の目を盗んだ党幹部や富裕層が、安全な日本食材を口にし、日本製の車や家電製品を珍重している。
 そのことを一番よく知ってるのが、ほかならぬ中国人民であり、生命に危険が及ぶから表立って言わないだけである。
 つまり、幹部や富裕層といった共産党理念とは相容れない「特権階級」を生み出した結果、指導層自らが自分の首を締めはじめている。

 日本の政治家はどうしてこのエネルギーを有効活用しないのだろう。
革命だったら中国のお家芸だというのに。

 なぜ、日本製品に世界中の人気が集まるのか。
これは手前勝手な推定で或いは間違っているかもしれないが、消費者心理を知り尽くしていて、使う側の身になった物作りをしているからではなかろうか。
使わせてやるといった風情の欧米や面子を何より重んじる中華思想からは、死んでもそうした謙った姿勢は取れないのかもしれない。

 

Re: 韓国文化

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 5日(月)19時15分33秒
返信・引用
  クロ様

こんばんは。

>  やはり小中華思想の韓国は中国文化圏。
> その意味で、彼らが日本を見下すのは当然の論理。
> だからといって、罵り返してばかりでは得るものも得られない。

おっしゃる通りですね。
確かに、相互理解を深める上で文化的相違点を自覚するのは重要です。
もっとも、小生はそうした文化的相違点を超越したところに人間存在が普遍的に有する根源的な価値基準が隠されていると信じています。
本当は文化にも優劣があり、より優れた文化にこそ、より優れた人道が築かれると。
とすれば、異国の文化を裁くまでもなく、自国の文化を極めること、即ち各々が己の想いを極めることに専心していればそれで良いという話になります。
過去に遡ればこそ、文化に境界を求めることもできるでしょうが、それが未来ともなれば、その融合によって、優れた文化に、劣ったそれが吸収されていくのを避けられないと思うからです。
優れた想いの集積が優れた文化を生み出すのであって、それはやがて世界のあらゆる文化を席捲することになるでしょう。
結局、向き合うべきは己が内面であって、自らの外側にあるものを裁いたり、あるいは変えようとするのは傲慢に他ならないというわけです。

 

韓国文化

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 5日(月)12時22分50秒
返信・引用
  > No.220[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんにちは。

 いつも朝がお早いですね。
尤も、ヒマでぐうたらな私と違って、それが普通なのかも。

誰かや何かを激しく批判する際、往々にして非難の矛先は己自身に向いているものです。
己と似ているからこそ、そこを糾弾せずにはいられないのでしょう。
その自家撞着に気付けないのは謙虚でないから。
ということで、傲慢であるという共通項において、小生も彼らとご縁があったに違いありません(笑)。

 うふふ。
何だか、「クロの法則」を裏付けるかのようなお話ですね。

 最初は、出てくる光景や造作(ぞうさく)がおのれの子供時分を想起させてくれるので、懐かしい思いで観ていた韓流ドラマも、近頃は厭になるほど“文化の違い”を感じます。
似て非なるものというより、まるで正反対と言ってよいものです。
それでも、ここぞというときに終わるので、つい次話も観ちゃうんですよね。

 日本でバカ正直とかクソ真面目といえば、侮蔑を超えて一定の敬意が籠もりますが、彼の国では文字通り侮蔑の意味でしかなく、それこそ“正直者が馬鹿を見る”を地で行く世の中のように思えてしまいます。

 感動するドラマが観たいのに、悲惨な境遇に同情できても感動までには至らない。
何故だろうと思ったら、おしなべて健気な性質に乏しいのですよ。

けなげ 【健気】
 殊勝なさま。
 心がけがよく、しっかりしているさま。
 年少者や力の弱い者が困難なことに立ち向かっていくさま。

 ウソ偽り、ごまかし、騙し、成り済まし、悪巧み、計略、経歴詐称、門地差別・・・、なんでもあり。
支配層と被支配層の格差が歴然としており、さながら支配層の座を巡る争奪戦といった感じ。

 あくまでドラマという“虚構の世界”であって、実社会を同列視するのは無理があるとは思います。
それを承知の上であえて言うと、どうも実社会自体が“虚構”で成り立っているような気がしてなりません。
中国においても然りでしょう。

 やはり小中華思想の韓国は中国文化圏。
その意味で、彼らが日本を見下すのは当然の論理。
だからといって、罵り返してばかりでは得るものも得られない。

 古来より、朝鮮半島は「日本の生命線」と考えてきたわけですから、中国を仮想敵国と見なすなら、北朝鮮はともかく、韓国を自陣営へ引き込んでおくべきでありましょう。
仲哀天皇崩御の内憂にも拘わらず、神功皇后の御代に新羅を討ち百済の要請で援軍を送ったのはそのため。
百済からの貢物七支刀は、その御礼の証しでしょう。
明治期の日韓併合、その後の満洲国建国も、古代防人としての延長線上にあった考え方だと思っています。

 それを日本の「侵略」と言うならそれで結構。
異民族の日本人に自国を侵されて、彼らが「侵略」と言わないほうがおかしい。
同様に、戦後日本人がGHQに対し、米国に「侵略」されたとの意識を持たないほうがおかしい。


 なお、明6日は帰国の途につきますので、書き込み出来ないと思います。
悪しからず、御諒承くださいませ。

 

Re: 日本文化

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 5日(月)08時01分50秒
返信・引用
  クロ様

おはようございます。

> 彼らをじっくり観察していると、日本文化どころか、彼らが最も忌み嫌う中国(支那)・韓国(朝鮮)のメンタリティとそっくり生き写しという気がしません?

全くです(笑)。
誰かや何かを激しく批判する際、往々にして非難の矛先は己自身に向いているものです。
己と似ているからこそ、そこを糾弾せずにはいられないのでしょう。
その自家撞着に気付けないのは謙虚でないから。
ということで、傲慢であるという共通項において、小生も彼らとご縁があったに違いありません(笑)。
 

日本文化

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 4日(日)21時38分38秒
返信・引用
  ☆ SHO 様

 こんばんは。

日本文化を守るという共通目的のもとに共同体の一つとして存在する...

 なるほど、巧い表現をなさいますね。
何せ“日本文化チャンネル”を謳ってますからね。

 自分がそうだから言うわけじゃありませんが、チャンネル桜だから人を引き寄せたのではなく、日本文化に関心があったからですよね。
少なくとも自分は、日本の伝統文化を感じさせてくれる番組なら、それがNHKでもフジテレビでも良かった。

 当初の番組編成が観たいものばかりだったので、すっかり騙されてしまいました。
まあ、これは、騙された当方のほうが悪い。
先方に騙す意図などないのに、勝手に期待したのがそもそもの間違い。

 もっと政治色を薄めて、この放送局の使命である日本文化を伝え広めるべく、粛々とした放送を続けていれば、意図せずとも自然に人は集まっただろうに。
コトここに至って、同業他局を非難するとは 表立ってすることではない。
端で見ていてみっともないことを、臆面もなく繰り返すところをみると、完全に常軌を逸していますまいか。
他局番組に文句があるなら自局番組で勝負しろ、と言ってやりたい。

 彼らをじっくり観察していると、日本文化どころか、彼らが最も忌み嫌う中国(支那)・韓国(朝鮮)のメンタリティとそっくり生き写しという気がしません?

 

Re: 「傲慢」と「謙虚」

 投稿者:SHO  投稿日:2011年12月 4日(日)17時34分55秒
返信・引用 編集済
  クロ様

こんばんは。

> つまり、意の沿うイエスマンばかりではダメなんですよね。

おっしゃる通りですね。
優れた組織には優れたリーダーが欠かせませんが、優れたリーダーの資質には、己にNo.をつきつける人間を近くにおくことのできる度量が必要だというのが、小生の持論です。
リーダーの独善は大いに結構なのですが、それはより広い視野を見据えた上でなければならず、反対意見でもって視野を確保する必要があるからです。
視野狭窄に陥った組織もまた、リーダー不在で行き先の定まらぬ組織と同じく、衰退を免れることはできないでしょう。
掲示板の管理のあり方に観る限り、かの地には、既に沈没を間近に控えた兆候が随所に表れているのではないでしょうか。
んま、彼らに言わせれば大きなお世話ではあるのでしょうけれど(笑)。

> 彼方様の現状に違和感を覚えたのは、共同体と思いきや実は利益集団だったと気づいたからにほかなりません。

おっしゃる意味はよくわかります。
特定の目的のためにつくられた組織が、組織の存続それ自体を目的にしてしまう事例には事欠きません。宗教教団の有り様がその好例です。教祖がいなくなってしまうか、または、視野の狭い教祖のもとでは、組織の巨大化とその延命ばかりが目的になってしまう。
そうなると、当初掲げた崇高な目的など何処へやら。存在目的を見失った組織の末路など哀れなもので、後は衰退、退廃への道をまっしぐらです。
そもそも、日本文化を守るという共通目的のもとに共同体の一つとして存在するなら、あのような管理は必要がありません。掲示板でのいざこざも、自浄作用に任せればそれで済む話です。
あのように振舞わざるを得ないのは、利益団体のゆえなのでしょう。

 

Re: 「傲慢」と「謙虚」

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 3日(土)12時47分42秒
返信・引用
  > No.216[元記事へ]

☆ SHO 様


こんにちは。

あそこの管理には呆れるばかりですが、立場が違うので何とも申し上げようがありません。
要するに、組織の営利を守ることが彼らの正義なのでしょう。
勿論、その組織とは、わが国、日本のことでないのは明白です。
ゆえに、彼らと小生とでは、拠って立つ正義が根本的に異なる。
彼らにとっては、あのちっぽけな組織のささやかな利益を守ることが全てであり、その目的に反する主張は、それが何であれ、排撃の対象となるのでしょう。
心ある大方の論客は、そのことに気付いているのではないでしょうか。
気付いていないのは、一部の信者だけではないかと(笑)。

 概ね同感です。

 現役時代、長らく労組執行部の一員でしたから、その辺りのことは多少の経験があります。
お題に倣うなら、謙虚一辺倒では御しきれない。
ときには傲慢な側面も必要、と。

 いつも過激なことを言って煽る威勢のいい組合員もいました。
ところが、肝腎な局面になると、真っ先に逃げ出してしまう。
逆に、火急のときに役立つ(といっては失礼ですが)のが、意外にも執行部に批判的な組合員でした。
つまり、意の沿うイエスマンばかりではダメなんですよね。

 社会(組織・集団)を利益集団(ゲゼルシャフト)と共同体(ゲマインシャフト)に分けるなら、労組や会社は典型的な利益集団ですから、組織の権益を守ろうとするのは当然のことでしょう。

 当のテンニエスによると、都市や国家もゲゼルシャフトだそうですが、なるほど作為的に形成された人工国家なら確かにそうでしょう。
しかし、日本の場合、家族や村落の延長線上にある“国家共同体”という側面が強い気がします。
 何事も“契約ありき”の諸外国と違い、地縁・血縁・精神的絆が根にある日本型社会は、やはり“特殊”なのでしょうね。

 自分がアナクロ人間のせいか、掲示板にも“共同体”をつい追い求めてしまいます。
彼方様の現状に違和感を覚えたのは、共同体と思いきや実は利益集団だったと気づいたからにほかなりません。

 

Re: 「傲慢」と「謙虚」

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 2日(金)14時26分18秒
返信・引用 編集済
  > No.215[元記事へ]

クロ様

こんにちは。

> ただ、個人的なヒマツブシにお付き合いさせてしまい、申しわけありません。

何をおっしゃいますやら。当方も楽しませていただいておりますので、どうぞお気遣いなく。

>sakamotoさんが件の掲示板で、私の言いたいことを代弁するかのような、いいこと書いていたのに、先ほど観たら問答無用で消されていました。
> 予想どおりの処置とはいえ、一縷の期待があっただけに、失望感は一入です。

あそこの管理には呆れるばかりですが、立場が違うので何とも申し上げようがありません。
要するに、組織の営利を守ることが彼らの正義なのでしょう。
勿論、その組織とは、わが国、日本のことでないのは明白です。
ゆえに、彼らと小生とでは、拠って立つ正義が根本的に異なる。
彼らにとっては、あのちっぽけな組織のささやかな利益を守ることが全てであり、その目的に反する主張は、それが何であれ、排撃の対象となるのでしょう。
心ある大方の論客は、そのことに気付いているのではないでしょうか。
気付いていないのは、一部の信者だけではないかと(笑)。
 

「傲慢」と「謙虚」

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年12月 1日(木)12時20分9秒
返信・引用
  ☆ SHO 様

 こんにちは。

 こうして定期的にお返事をいただくと、此処を覗く愉しみが増えて有り難く思っております。
ただ、個人的なヒマツブシにお付き合いさせてしまい、申しわけありません。

掲示板でのいかなるやりとりにも、そこに学びがあるのと同じように、いかなる人のいかなる人生にも、そこには気付きと学びがあるということでしょうか。

 そうなのですよ。
 自分がそうだからといって、ほかの投稿者に同じ事を期待するほうが、わがまま勝手でそもそもの間違いとわかっているのに、つい。

 此処で他所を批判するのも信条に反するのですが、sakamotoさんが件の掲示板で、私の言いたいことを代弁するかのような、いいこと書いていたのに、先ほど観たら問答無用で消されていました。
予想どおりの処置とはいえ、一縷の期待があっただけに、失望感は一入です。
彼方の管理者が此処を観てたら、同調者と見なし"お尋ね者"として直ちに全国指名手配かな。
でも、やるならやってみろ、と言っておきましょう。
もう何も期待してやらないから。

傲慢ゆえに、謙虚でありたいといつも思います。

 むむっ!出来る!
ご自身の一側面である傲慢さを、自覚なさっているからこそ言える台詞でしょう?

    傲慢」と「謙虚

 二律背反する語なれど、人間なら誰しも両面があるのですよね。
ところが、多くの人はそれを忘れて、一面だけしか観ずに判断しがち。
二者択一でどちらかの極端に偏るサマは、sakamotoさん風に言えば、オツムの”平衡感覚”が完全に麻痺している、ということでしょう。

 おお、やだ、や~だ。
 

Re: 教えるより学ばせよ

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年12月 1日(木)08時34分35秒
返信・引用
  > No.213[元記事へ]

クロ様

おはようございます。

>  ところが、今に至って妙に“女”として観てしまうのですよ。
> しかも、これまで出会ったほかの女と較べたりなんかしちゃって・・・。
> 子供のときには、夢にも思わなかったことです。

う~ん、やっぱり恋話のような気もいたしますが(笑)。

> 先生の狙いはおそらく、“男女の違い”を「教える」のではなく、「学ばせ」たかったのでしょう。

>  「教える」は、教師・師匠・親など上に立つ側を主語とする後進を考慮しない身勝手な用語であって、これが「学ばせる」になってはじめて、生徒・弟子・子らの後進が主役であることを意識した語に変わる。

教えると学ばせる、似たようにみえますが、そこには大いなる違いがあるということですね。
我以外皆我師というのは、実感があります。
掲示板でのいかなるやりとりにも、そこに学びがあるのと同じように、いかなる人のいかなる人生にも、そこには気付きと学びがあるということでしょうか。
傲慢ゆえに、謙虚でありたいといつも思います。
 

教えるより学ばせよ

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月30日(水)17時13分12秒
返信・引用
  ☆ SHO 様

 こんにちは。

そうでしたか。
小生の早合点だったようですね(笑)。

 こうもあっさり引き下がられると二の句が継げなくなり、ここで話が終わってしまいますね。

小生が学生時代、ある女子高校生の家庭教師をしていたとき、どうしても都合がつかず、小生の代打として当時小生と同じ大学に通っていた妹を送り込んだら、そのご家族から、次からは妹に代わってもらいたいという要望を賜って、いたく自尊心の傷ついたことがございます(笑)。
ところがこの話、つい最近妹から聞かされるまで、きれいさっぱり忘れていたのです(笑)。

 これですよ、これ。
兄妹みたいな関係。
ウチの妹に対してもそうですが、“女”であるという意識などまったくなかった。
 ところが、今に至って妙に“女”として観てしまうのですよ。
しかも、これまで出会ったほかの女と較べたりなんかしちゃって・・・。
子供のときには、夢にも思わなかったことです。
独り者の悲哀でしょうかね。

 そう言えば、「クロの法則」じゃないけれど、性質・能力ともにまるで正反対でした。
今にして思うとおかげさまで、男が知り得ない女心とか本分といったものを、知るとはなしに彼女から学んだ気がします。
そもそもは小四時分、先生の言いつけにより、カップル(ほかの同級生も然り)に仕立て上げられたのが発端。
先生の狙いはおそらく、“男女の違い”を「教える」のではなく、「学ばせ」たかったのでしょう。

 専攻が教育だったので、何事もそれと結びつけて考えがちなのですが、日本古来の伝承法(換言すれば「教育」)とは、「教える」のではなく、この「学ばせる」に要諦があったのではないか、と思っています。

 「教える」は、教師・師匠・親など上に立つ側を主語とする後進を考慮しない身勝手な用語であって、これが「学ばせる」になってはじめて、生徒・弟子・子らの後進が主役であることを意識した語に変わる。
 世間では、やれ日教組がどうした、それ学級崩壊がこうした、と喧しいけれど、結局は、後進の“やる気”や“関心”を引き出して、上手に活かしてやるしかない。

 現代教育界の病根すべてとまで言わないが、この“主客転倒”に気づかない上に立つ側にも、病因の一端があるような気がしています。

   我以外皆我師 (宮本武蔵;吉川英治の創作かも)

 学ぶ気さえあれば誰からでも学べることを示唆する言葉。
大好きです。
ただ裏読みすれば、学ぶ気のない者には、如何に優秀な師を以てしても“馬の耳に念仏”ということ。

 昔の人は、よくわかっていたんですね。
どうして現代人は気づかないのだろう。
 

Re: 個人的な話で済みません。

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月30日(水)08時44分1秒
返信・引用
  クロ様

おはようございます。

>  いや、ちょっと違いますね。
> 異性を意識しない子供なればこその、いわゆる“女友達”ですよ。

そうでしたか。
小生の早合点だったようですね(笑)。

>  記憶なんて、概して自分に都合のいいように解釈・脚色されて残りがちではないでしょうか。

おっしゃる通りですね。
小生が学生時代、ある女子高校生の家庭教師をしていたとき、どうしても都合がつかず、小生の代打として当時小生と同じ大学に通っていた妹を送り込んだら、そのご家族から、次からは妹に代わってもらいたいという要望を賜って、いたく自尊心の傷ついたことがございます(笑)。
ところがこの話、つい最近妹から聞かされるまで、きれいさっぱり忘れていたのです(笑)。
まったく、記憶とは都合よくできているものです。
 

Re: 個人的な話で済みません。

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月29日(火)19時51分32秒
返信・引用 編集済
  > No.210[元記事へ]

☆ SHO 様

 こんばんは。

 極めて個人的な世界へ引きずり込んでしまい、申しわけありません。

素敵な恋の想い出ですね。

 いや、ちょっと違いますね。
異性を意識しない子供なればこその、いわゆる“女友達”ですよ。
それが証拠に言い訳がましくなりますが、高二のときから約六年間つけていた日記に、彼女の名前は一度も登場しません。
遠く離れていようと、仮に“恋しい人”なら日々想い焦がれていたはず。
しかし、関東に移り住むや否や、薄情にもすっかり忘れていたのでしょうよ。
どちらかといえば、現状を儚むより明日を信じる楽天的な性質でしたから。

 日記も含め、子供時分の写真や想い出品は、長らく船橋の実家に眠ったままでした。
父が亡くなって(13年前)母に言われるままに、これらを自宅へ持って帰りました。

 約25年ぶりに昔の写真を見ると、撮られた憶えがあるのに、何故か子供の自分が現在(13年前)の自分と結びつかず、他所の坊やを眺めてるような、妙な錯覚に陥ったほどです。
それほど自分自身が、四半世紀を経て豹変してしまったということでしょう。
写真の彼女に接しても、何かの親近性は感じるものの、自分との関わりはおろか名前すら思い出せず、もどかしい思いでした。

 要するに、昔のことはきれいさっぱり忘れてしまっていたのです。
というか、過去を捨てた、という表現のほうが当たってるかもしれません。
だから、思い出しようがなかった。

 就職して親許を離れ、とにかく目先のこと、自分のことしか眼中にありませんでした。
過去を顧みる余裕もなかったけれど、それとは無関係に、いつも“未来志向”を心がけて来ましたから。

 “想い出”といっても、約25年の空白期間が挟まっています。
その間、それなりに親しい間柄だったという記憶に間違いがなくとも、心情面が当時と今の自分では大きく変化していて、後付の“想い出”を創り出してしまった可能性も払拭できません。
現に、日記と記憶が符合しないことがままあるし、幼馴染みと昔話になっても、お互いの記憶が違って錯綜したりします。

 う~ん、何といったらいいのか。
当時は性別に関わりなく単なる話し相手の一人としか考えてなかっただろうに、会えないとわかると無性に会いたくなるし、そこはかとない恋しさ懐かしさが募ってくるということかなあ。

 イメージとして、こんな(↓)感じでしょうか。

☆「恋しさが恨めしい」by コーカイ ☆
http://youtu.be/wXXgTj_DzJw

 当時は恋愛感情などないから気軽に付き合えたけれど、時が経つほどに妙な意識が先行して面映い。
 今となっては歌うコーカイおじさんに似た心境と思ってください。

 記憶なんて、概して自分に都合のいいように解釈・脚色されて残りがちではないでしょうか。
自分にとってはそれが“真実”であっても、他人にしてみれば疑問の多い虚構話に聞こえてしまうんでしょうね?

http://

 

Re: 個人的な話で済みません。

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月29日(火)08時53分0秒
返信・引用 編集済
  クロ様

おはようございます。

> このときの九州旅行では高千穂峡を訪ねているし、“八紘一宇の塔”での写真も残っています。

高千穂峡は是非訪ねてみたい場所のひとつですが、残念ながら日南からかなり時間を要するため、未だ訪れるにいたっておりません。

> 自分は毎年老いさらばへてゆくけれど、嬉しいことに彼女は永遠に中三少女のまま。

素敵な恋の想い出ですね。
小生は若かりしころ、片想いの幼馴染にこっぴどくふられた経験があります。
長年の片想いの末の結末だったので、小生にとって、その相手はいわば挫折の象徴。
できるなら永遠に会うことなく、噂話の一つすらも耳に入れたくはなかったのですが、どうしたわけか腐れ縁だけが続いていて、今も尚、会わぬわけにはいかぬ関係です。
思い出の小箱にしまっておくことの赦されぬ失恋の記憶は残酷なもので、繰り返しカサブタを剥がされては塩を塗りこまれるがごときです。
縁が途切れてさえいれば、時が想い出を美しく彩ることになるのかも知れませんが、そういうわけにもいかず、クロ様のお話が羨ましくもあります。
多分、自分には美しい想い出に浸る資格がないのでしょう(笑)。
個人的な話で申し訳ありません。
 

個人的な話で済みません。

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月28日(月)18時48分18秒
返信・引用
  ☆ SHO 様


 こんばんは。

 すっかり、二人だけの掛け合い掲示板になってしまいましたね。

今年1月、鹿児島県と宮崎県にまたがる霧島連山の新燃岳が噴火しています。

 なるほど、そうでしたか。
言われてみれば、ネットニュースを読んだような気もします。

 新燃岳(ウチのパソコン坊主はボンクラ頭だから、「しんもえだけ」では変換できません)ですか。
その先が韓国岳(これは「からくにだけ」で変換できた)ですよね。
手前の高千穂峰なら、学生時代に学友三人引き連れ、リュック背負って登りました。
はっきりしませんが、たぶん昭和43年の夏だと思います。

 国鉄日豊線霧島神宮駅からバスで霧島神宮へ。
そこから歩いて高千穂河原に出て、此処でキャンプ。
翌日、登山という行程だったと記憶します。

 新宿の自宅に戻れば、当時の日記から詳細がわかるのですが、あいにくタイへ来ておりますもんで・・・。

 それにしても学生運動華やかなりし頃、どうして“惟神の道”に興味を抱いたのだろう?
このときの九州旅行では高千穂峡を訪ねているし、“八紘一宇の塔”での写真も残っています。

 それと霧島連山北部の街、小林市には個人的な特別の思い入れがあります。
大分在住時代に仲良しだった女の子が、私が関東へ転校(昭和37年)するとほぼ同時期に、母親実家の小林市へ転居して看護学校に通っている、と後年になって聞かされたからです。
 あのとき近くまで行きながら、しかも人伝えに住所まで知っていながら、何故訪ねなかったのだろう。
恥ずかしかったのか、それとも独り旅ではないから遠慮があったのか。

 手紙の返信をもらった気もするが、現物が残されてないしなあ。

 結局、中三の夏以降、今日に至るまで一度も会うことが出来ません。
でも、遠きに在りて思うから“想い出”なのですよね。
自分は毎年老いさらばへてゆくけれど、嬉しいことに彼女は永遠に中三少女のまま。

 個人的な話ばかりで、すみませんでした。

 

Re: 陰謀論者の哀れ

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月28日(月)12時52分24秒
返信・引用
  > No.207[元記事へ]

クロ様

こんにちは。

>何処の火山が噴火したのでしょうか?

今年1月、鹿児島県と宮崎県にまたがる霧島連山の新燃岳が噴火しています。
52年ぶりの爆発的噴火なのだそうで、日南は灰が降り積もって大変だったようです。
当初は噴火の報道が続いていたのですが、311を契機に全く報道されなくなってしまいました。
噴火の方は人命に関する被害がなかったので仕方のないことですけれど。

ところで、覚醒せし者様は彼の地ではユダヤ陰謀論の大御所でしたが、SQH様のスレをどのようにご覧になるのでしょうね。
小生はといえば、何でもかんでも陰謀に仕立ててしまうのは勿論反対ですが、かといって陰謀の可能性を荒唐無稽だからという理由で直感的に排除してしまうことにも懐疑的です。
荒唐無稽かどうかはあくまで主観的な判断だからです。
ゆえに、陰謀論を信じてしまう輩自身に問題があるというスタンスには与することができません。
何を信じて物事を納得するのか、本当は簡単なことではありませんから。

・・・ユーモアのかけらもないお返事になってしまいました(笑)。
もっと修行せねば。


 

Re: 陰謀論者の哀れ

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月28日(月)11時24分1秒
返信・引用
  > No.206[元記事へ]

☆ SHO 様

 こんにちは。

クロ様はお知り合いだったのですね。

 はい。彼方の掲示板が取り持つ縁でして、そういう意味では彼方様には感謝しております。

311震災報道でかき消されてしまいましたが、今年は火山噴火で灰の被害が大変だったようですね。

 何処の火山が噴火したのでしょうか?
ひょっとして“桜”島だったかな?
浮世離れした暮らしと老いボケのせいか、記憶が混沌としています。
 まさか“大魔神”がお怒りになったのではないでしょうね。
 それとも支那中共の陰謀?

 

Re: 陰謀論者の哀れ

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月28日(月)08時53分39秒
返信・引用
  > No.205[元記事へ]

クロ様

おはようございます。

>  10月初旬に九州へ帰省(実家もないのに変な言い方ですが・・・)したときにお会いしました。
>  とてもお元気そうでしたよ。
>  ただ、彼方の掲示板はもうまったく覗いてないとおっしゃってました。

御報告ありがとうございました。
お元気であればそれに越したことはありません。
クロ様はお知り合いだったのですね。
知りませんでした。
小生の家内は宮崎は日南出身なので、小生もほぼ毎年九州に行っています。
311震災報道でかき消されてしまいましたが、今年は火山噴火で灰の被害が大変だったようですね。
 

Re: 陰謀論者の哀れ

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月27日(日)20時10分30秒
返信・引用
  ☆ SHO 様

 こんばんは。

やはり見られてしまいましたね。
お恥ずかしい限りです(笑)。
あの程度なら、お咎めを受けることもないだろうと。

 何を隠そう、私奴だって“絶筆宣言”しておきながら、SHOさんの後を追って、スレは違うものの翔さんのところに書き込んでしまいましたから、私奴も“同罪”でございます。

次に書き込みを行うとすれば、覚醒せし者様が何かを書かれた場合でしょうか。
お元気でいらっしゃると良いのですが。

 10月初旬に九州へ帰省(実家もないのに変な言い方ですが・・・)したときにお会いしました。

 とてもお元気そうでしたよ。

 ただ、彼方の掲示板はもうまったく覗いてないとおっしゃってました。

 そんなところです。

 

Re: 陰謀論者の哀れ

 投稿者:SHO  投稿日:2011年11月27日(日)18時39分27秒
返信・引用
  > No.203[元記事へ]

クロ様

こんばんは。

>  禁を破って、“彼方”へお書き込みなさっていたようですね。

やはり見られてしまいましたね。
お恥ずかしい限りです(笑)。
あの程度なら、お咎めを受けることもないだろうと。
次に書き込みを行うとすれば、覚醒せし者様が何かを書かれた場合でしょうか。
お元気でいらっしゃると良いのですが。
 

陰謀論者の哀れ

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月26日(土)11時27分2秒
返信・引用
  ☆ SHO 様

 おはようございます。

 禁を破って、“彼方”へお書き込みなさっていたようですね。
うふふ。良いことだと思います。

 素っ気ない挨拶で、失礼いたしました。

をはり。
 
 

Re: <お人柄>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月25日(金)19時37分51秒
返信・引用
  クロ様

こんばんは。

>  自分が誠実でありたい、正直でありたいと願っているからには、口にこそ出しませんが、他人に対しても同様の性質を求めがちです。

確かにそういう部分もありますね。
自分に足りないものを求めるから、女性にも惹かれてしまうのでしょう。
ゆえに、カミサンと結婚してしまったのかも。
ところが、いざ一緒になってみると、互いに異なる部分が争いの元にもなるようです(苦笑)。
小生の場合、憧れる性質を誰かに見出すと、そこに己の来世の姿を見、反対に忌むべき性質を見出すと、そこに過去世の姿を見ています。
・・・ご都合主義と笑わないで下さい(笑)。
 

Re: <お人柄>

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月25日(金)14時01分50秒
返信・引用 編集済
   自分が誠実でありたい、正直でありたいと願っているからには、口にこそ出しませんが、他人に対しても同様の性質を求めがちです。
しかも、自分より次元の高い人を欲するから、我が強欲には困ったものです。
自画自賛するならば、向学心・向上心の表れ、と言えなくもないでしょうけれど。

 “異見”というのは、実はこのことなんです。

 「何じゃらホイ」
と不思議に思われるかもしれませんが、《人間は、自分に無い(足りない)ものを求める》ということを言いたかったわけです。
既に十分備え持った性質や会得した能力は、おのれにとってはもう何の必要もない。
「誠実」「正直」といった性格はほんの一例に過ぎず、人間の持つあらゆる性質・能力に、この法則(?)が当て嵌まるような気がします。
特定個人を慕ったり尊敬したりするのは、その人が自分に無い(足りない)何かを持っているからではないでしょうか。

 喩えるなら、人間関係とは磁石のようなものだと考えています。
性質の違うS極とN極はお互いを引き寄せ合うが、同極(似た者)同士だと逆に反撥し合うでしょう?
未だ誰からも認められていませんが、名付けて『人間関係・クロの法則』。

 良かれ悪しかれ、利害関係の柵の中で生きていかねばならない人生でありますから、利害関係を無視した空理空論に過ぎませんでしたね。

 お粗末さまでした。

 

Re: <お人柄>

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月25日(金)11時58分20秒
返信・引用
  > No.199[元記事へ]

☆ SHO 様

 こんにちは。

昨日は家内の誕生日の前日にあたり、午後からの休みを利用して二人で買い物にでかけておりました。

 独り者としては、何ともお羨ましい限りです。他人に対して、“山の神様”を悪し様に言う御方も居ますが、聴く側の私奴にしてみれば、口先とは裏腹な胸中に隠した愛情が滲み出るようで、忽ち満腹してしまいます。何せ、そんな酷い(?)奥様と別れる気など更々ないのですから。

クロ様のお人柄がそのままご友人方の誠実さに反映されているのでありましょう。
“類は友を呼ぶ”ですね。
この世は己を映し出す鏡。
人同士が惹かれ合う場合も反発し合う場合も、互いの持つ同じ性質によると常々感じます。
掲示板でのいざこざも、縁あればこそ。
もっとも、仲良く穏やかに絆を深められる方とのご縁をこそ、大切にしたいと存じますが(笑)。

 ありがとうございます。ウソでも嬉しいです。
 ただ、お言葉を返すようで恐縮ですが、“類は友を呼ぶ”が即ち“似た者同士”ではない、という非常識な(?)異見を持っています。おのれの拙い経験則に基づいて、そんな変わった考え方をするようになってしまいました。

 気を持たせて申しわけありませんが、異見については別用をやっつけてからということで、一旦失礼させていただきます。

 では、後ほど。

 

<お人柄>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月25日(金)08時09分51秒
返信・引用
  > No.198[元記事へ]

クロ様

こちらこそ、お返事が遅れてしまいました。
昨日は家内の誕生日の前日にあたり、午後からの休みを利用して二人で買い物にでかけておりました。

>無意識のうちにも「友人」或いは「お仲間」と呼べるのは、誠実で正直な方たちばかりになってしまいます。

クロ様のお人柄がそのままご友人方の誠実さに反映されているのでありましょう。
“類は友を呼ぶ”ですね。
この世は己を映し出す鏡。
人同士が惹かれ合う場合も反発し合う場合も、互いの持つ同じ性質によると常々感じます。
掲示板でのいざこざも、縁あればこそ。
もっとも、仲良く穏やかに絆を深められる方とのご縁をこそ、大切にしたいと存じますが(笑)。
今後とも宜しくお願いいたします。
 

Re: <陰謀論>

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月23日(水)12時49分5秒
返信・引用
  > No.197[元記事へ]

☆ SHO 様

 おはようございます。(書き始めの当地は現在午前九時半)

 すみません、一日遅れの応答となってしまいました。

何事であれ戦略というものは敵方にネタがばれてしまうと戦略にならないので、作戦の遂行中は基本的に秘密にされるはずです。
秘密のまま遂行される戦略というのは概ね陰謀と呼んで差し支えないわけで、そう考えれば陰謀説だからどれも眉唾と片付けてしまうこともできません。
歴史によって詳らかにされた戦略と、明らかにされぬ戦略があるのは当たり前だからです。
もっとも、信頼に足る証拠によって明らかにされた疑惑に関しては、陰謀論者の側にも主張を撤回する潔さが求められるように思います。
信仰とは人生を納得させるための証明不能な道理ですが、陰謀論も証明不能ながら己を納得させる道理という点で似たようなものかも知れません。
最終的に、人は己が信じたいものを信じるようにできているので、誰かに迷惑をかけるのでない限り、何を信じるも自由だと思っています。

 楽観的で重みを欠いた私奴の書き込みに対し、真面目一徹(?)のご返答を頂戴するとは思いもよりませんでした。決して皮肉やお世辞ではありません。唯々、誠実なお人柄が偲ばれて感心するばかりです。

 実は《男の本分は「信頼」》との個人的な思い込みがあって、友人を選ぶ際、「誠実さ」や「正直さ」を真っ先に考えます。そういう人間でありたいと願っているからでもあります。尤も、此方から一方的に“選ぶ”わけにはいきませんから、そうでない人との付き合いも当然あります。が、無意識のうちにも「友人」或いは「お仲間」と呼べるのは、誠実で正直な方たちばかりになってしまいます。

 結局、「陰謀論」に与しないというわたくしの判断も、「陰謀」が《秘かに企む悪事》であることから、文字通り解釈しての拒絶反応だろうと思ってます。だから、《架空の出来事》、つまり「読物・小説」の類なら面白い、としたわけであります。

 

Re: <陰謀論>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月22日(火)18時50分7秒
返信・引用
  > No.196[元記事へ]

クロ様

こんばんは。

>ビーフ以外にもいろんな具が入っており、味付けも適度な辛さで結構美味い。

タイ料理、本格的なヤツを一度食べてみたいですね。基本的にゲテモノ以外は何でも食べられる方なので。小生が苦手なのは蛙の脚と鹿の肉くらいですね。
蛙の脚、味はチキンに近いのですが、蛙の脚という事実に耐えることができません(笑)。

>  翔(しょう)さんとおっしゃる方が日本の原爆開発に関するトンデモ説を駆逐中のようですが、ハンドルネームからして親戚筋の方でしょうか?

いいえ、当方とは何の関わりもございません。

>  陰謀を知るには、中国や韓国の映画・TVドラマが参考になります。何せ史劇・現代劇を問わず、謀略・悪巧みの応酬ですから。

何事であれ戦略というものは敵方にネタがばれてしまうと戦略にならないので、作戦の遂行中は基本的に秘密にされるはずです。
秘密のまま遂行される戦略というのは概ね陰謀と呼んで差し支えないわけで、そう考えれば陰謀説だからどれも眉唾と片付けてしまうこともできません。
歴史によって詳らかにされた戦略と、明らかにされぬ戦略があるのは当たり前だからです。
もっとも、信頼に足る証拠によって明らかにされた疑惑に関しては、陰謀論者の側にも主張を撤回する潔さが求められるように思います。
信仰とは人生を納得させるための証明不能な道理ですが、陰謀論も証明不能ながら己を納得させる道理という点で似たようなものかも知れません。
最終的に、人は己が信じたいものを信じるようにできているので、誰かに迷惑をかけるのでない限り、何を信じるも自由だと思っています。
 

Re: <陰謀論>

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月22日(火)16時35分1秒
返信・引用 編集済
  > No.195[元記事へ]

☆ SHO 様

 こんにちは。

 先ほど傍の食堂で昼餉を摂取してまいりました。写真付きメニューを指さして日本語で「これください」というと、店主同じく日本語で「やきめし?チキン?」。当方再び曰く「ビーフ」。会話はこれだけ。タイ料理に、いわゆる“焼き飯”風のものがあります。ビーフ以外にもいろんな具が入っており、味付けも適度な辛さで結構美味い。

 支払いのコールは「チェッキン」でOK。おそらく英語の“check”が、そのままタイ語に入り込んだのでしょう。タイ人店主は日本語で「よんじゅうご」とおっしゃいました。つまり、飲料水込(こちらは水も有料)で45バーツ(¥115-)だったってわけ。百円台の昼食でした。

 たまたま日本語でOKでしたが、この店主とて普通に日本語会話が出来るわけでもなさそうで、受注と代金徴収という商売上の必要に駆られて覚えただけの日本語なんでしょうね。

過去の大戦において、核兵器が無抵抗市民を標的にして二度も用いられたという事実によってです。

 そうそう、彼方では袋叩きに遭ってしまいましたが、非核派という点ではSHOさんと歩調が合いましたね。いま、翔(しょう)さんとおっしゃる方が日本の原爆開発に関するトンデモ説を駆逐中のようですが、ハンドルネームからして親戚筋の方でしょうか?

 陰謀を知るには、中国や韓国の映画・TVドラマが参考になります。何せ史劇・現代劇を問わず、謀略・悪巧みの応酬ですから。「陰謀論」も端から“フィクション(虚構)”と割り切って、「読物・小説」の類として読む分には、その“謎解き”が案外面白いものです。

 

<陰謀論>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月22日(火)14時22分33秒
返信・引用 編集済
  クロ様

>  何かに熱中しているときは、他者との付き合いが億劫になる。ところがタイ滞在中は、言葉がわからないから無駄口叩ける相手さえおらず、そうなると逆に人恋しくなってしまうんですねえ。

わかります。掲示板に常駐しておられる方々というのは、大なり小なり孤独を抱えておいでなのでしょう。かくいう小生も孤独でないとは申しません(笑)。
幼馴染の親友のうち、一人は香港、一人は千葉在住。もう一人は岡山在住ですが、仕事柄ほとんど海外。皆で飲んで馬鹿話ができるのは年に一度ですから。

>わたくしがSHOさんの御尊名を初めて拝したのは、『日航機墜落』のスレッドでした。

いやはや、お恥ずかしい限りです(笑)。
自分で後から調べて、あのときと同じ過ちを911事件においても犯してしまったことに気付きました。
ホント、SQH様が仰るように陰謀論支持者など哀れなものです。
もっとも、依然として911が“ビンラディンを首謀者とするイスラム過激派のテロ事件”というだけでは納得し難いことだと思っています。
タリバン組織を育てたのはアメリカですし、ビンラディンはブッシュ一族と縁の深い人間だからです。
そして911がアフガニスタン、イラク攻撃に表向きの理由を与えてしまったことは間違いありません。
事件を通じ、誰がもっとも得をしたかを考えるとき、やはり表情報がすべてではないだろうと思わずにはいられません。
結局、小生のように疑り深い人間がいるから(笑)、悪質な陰謀論者(陰謀説を売り物にしてお金をかせぐ人々)の仕事があるといえるのでしょうけれど。

でも、小生がかくも疑り深いのには理由があります。
それは過去の大戦において、核兵器が無抵抗市民を標的にして二度も用いられたという事実によってです。
この事実は、小生にとって、人間や国家というものに対する信頼を失わせるのに十分な出来事でした。
自分たちの得になるなら、即ち目的のためならば、人間はどんなに卑怯な手段も厭わないということの証です。
人類のもつ哀しい歴史が、とりもなおさず陰謀論信奉者の哀しさに反映されているのかも知れません。
 

Re: 御礼

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月22日(火)12時21分20秒
返信・引用
  > No.193[元記事へ]

☆ SHO 様

 おはようございます。
といって、そちらはもう“こんにちは”の時間ですね?

小生、最近は掲示板への投稿を控えておりました。
というのも、本業と趣味の両方が忙しく、PCに向かって得手勝手な講釈を垂れる暇が乏しかったためです。
もっとも、己のブログへはちょこまか記事をUPしていましたが、ネット上で行う誰かとの意見交換からは遠ざかっていました。議論になると、あまり長く相手に返事を待たせるわけには行かないので、精力と時間をそがれてしまい、本業が疎かになってしまう可能性が高くなってきたからです。

 なるほどそうでしたか。本業があるわけじゃないし事情も違うけれど、私にも似たような自覚症状(?)があります。
 人間(というより私奴のこと)は、つくづく勝手な生き物だと思います。何かに熱中しているときは、他者との付き合いが億劫になる。ところがタイ滞在中は、言葉がわからないから無駄口叩ける相手さえおらず、そうなると逆に人恋しくなってしまうんですねえ。実は、そんな裏事情(?)から、彼方に書き込もうかと思った次第です。

お言葉に甘えて、また屁理屈をこねてみたいと存じます。

 ええ、願ったり叶ったりです。気が向いたときだけでも結構ですから、ぜひお聴かせください。

あちらでは久しぶりにSQH様もご投稿しておられるのを拝見し、お元気そうで安心しました。
実は、氏の糾弾する哀れな陰謀論者の端くれとして(笑)、氏にいくつか質問してみたい衝動を覚えましたが、管理人室から退去勧告を受けた身分なので(笑)、やはり閲覧に徹することにいたしました。
こんな風に思い入れのある論客がいると、少しばかり意見を求めたくなってしまいますが、所詮はその程度。議論に必要な気骨を失いつつある昨今です。

 うふふ。わたくしがSHOさんの御尊名を初めて拝したのは、『日航機墜落』のスレッドでした。ただ、どちらかと言えば「陰謀論」に与する性質じゃないもんで、SQHさんや河内屋さんらのほうばかりを向いてましたけど・・・。

 余談ながら、SHOさんとSQHさんではハンドルネームが似かよっていて、間違え易いですね。なかんずくSQHさんになると、つい“GHQ”なんかを連想してしまういけない私奴であります。

 そう言えば、SQHさんも当掲示板へお誘いしたことがあるのですが、teacup掲示板の表示スタイルがどうも性(しょう;洒落ではない)に合わないらしく、未だいらっしゃってくれません。

 では、また。

 

Re: 御礼

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月22日(火)08時55分36秒
返信・引用
  クロ様

早々のお返事ありがとうございました。小生、最近は掲示板への投稿を控えておりました。
というのも、本業と趣味の両方が忙しく、PCに向かって得手勝手な講釈を垂れる暇が乏しかったためです。
もっとも、己のブログへはちょこまか記事をUPしていましたが、ネット上で行う誰かとの意見交換からは遠ざかっていました。議論になると、あまり長く相手に返事を待たせるわけには行かないので、精力と時間をそがれてしまい、本業が疎かになってしまう可能性が高くなってきたからです。

>  レスタイからしてSHOさんがお得意の分野ですね。勝手を言って恐縮ですが、ここでレスタイに関して引き続きお聴かせ願えないでしょうか

ありがとうございます。お言葉に甘えて、また屁理屈をこねてみたいと存じます。

>  ほかが固定観念のぶつけ合いみたいに成り下がっていて、もはや自分が参加したくなるような掲示板ではないと悟りました。

あちらでは久しぶりにSQH様もご投稿しておられるのを拝見し、お元気そうで安心しました。
実は、氏の糾弾する哀れな陰謀論者の端くれとして(笑)、氏にいくつか質問してみたい衝動を覚えましたが、管理人室から退去勧告を受けた身分なので(笑)、やはり閲覧に徹することにいたしました。
こんな風に思い入れのある論客がいると、少しばかり意見を求めたくなってしまいますが、所詮はその程度。議論に必要な気骨を失いつつある昨今です。


 

御礼

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年11月21日(月)18時54分19秒
返信・引用
  > No.191[元記事へ]

☆ SHO 様

 こんばんは。

 まずは、“荒らし”も寄りつかない当掲示板へ勇気ある(?)ご投稿を賜り、感謝申し上げます。

 こちらこそすっかりご無沙汰してしまいました。申し訳ありません。

 レスタイからしてSHOさんがお得意の分野ですね。勝手を言って恐縮ですが、ここでレスタイに関して引き続きお聴かせ願えないでしょうか

>> あちらの掲示板にご投稿なさっておられましたね。
道徳と修身のお話、興味深く拝見いたしました。
続きを拝読できないのは残念ですが、お元気そうで何よりです。
また、書き込みさせていただければ幸いです。 <<

 ありがとうございます。気が向いたときだけでも結構ですから、ぜひお立ち寄りください。

 タイ滞在中は話し相手がおらず(普段から居ませんが)、ヒマなので軽い気持から彼方へ投稿してみた次第です。しかし、集ってくれた人たち(いわゆる「お仲間」)には悪いけど、ほかが固定観念のぶつけ合いみたいに成り下がっていて、もはや自分が参加したくなるような掲示板ではないと悟りました。仙界の俗人名義スレッドのほうは、ARNKAとの関係もありますので、新たな動きがあれば投稿するつもりです。

ありがとうございました。

 

Re: 『原発』と『原爆』

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年11月21日(月)17時38分25秒
返信・引用 編集済
  > No.188[元記事へ]

クロ様

ご無沙汰しています。

> 子供の頃、雨になると“死の灰”が降ってきて頭が禿げるとか言って堅く信じ、雨を恐怖していました。

実は、“雨には放射能”“雨に当たると禿げる”のネタ、小生が小学生時分も、ご健在でした。
それもさすがに忘れ去られようかという今日、再び子供たちが放射性物質に怯えて暮らさねばならぬ時代を迎えてしまったのは、とても残念なことです。
原子力に頼って生きる限り、同じことは何度でも繰り返されるのだと思います。

あちらの掲示板にご投稿なさっておられましたね。
道徳と修身のお話、興味深く拝見いたしました。
続きを拝読できないのは残念ですが、お元気そうで何よりです。
また、書き込みさせていただければ幸いです。
 

“母の日”のことなど

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年 5月11日(水)15時09分19秒
返信・引用
   昨朝より、タイ國はチェンマイに来ております。拙サイト『管理人の日記』と同記事ですみません。

 雨季にはまだ早いものの、チェンマイは雨続きらしく、今朝も目覚めたら、路面は水溜まりだし、草むらからは蛙の大合唱が聞こえて来ました。雨季と言っても日本の梅雨のように一日中シトシト降るわけではなく、バケツをひっくり返したようにドカッと降ったら、一時間もしないうちに青空が見えてくるといった豪快無双な雨。故に傘など役立たず、雨傘を持ち歩く人は稀。一般に雨宿りして止むのを待つのがタイスタイル。

 さて、日本の《母の日》は5月の第2日曜日。今年は8日だったのでもう過ぎてしまいました。我が国の習慣は、西洋(米国)起源をそのまま輸入した行事なのでしょうね。さきほどタイの衛星放送チャンネル“FAN-tv”にて、プレワー・パチャリーさんが歌う《お母さんの歌》が放送されていたので、急に思い出しました。

 数年前のクリップだけに、まだあどけなさが残ってますね。
 ところで、映像にもあったように、タイの《母の日》は8月12日で、国民の祝日になっています。ライターの増成ヒトミさんによると、この日はシリキット王妃の誕生日らしいです。そして、母に贈る花もカーネーションでなく、ジャスミンだとか。日本とは異なり、西洋起源とも無関係のタイ独自の習慣のようです。
引用元→ヒトミのバンコクな毎日

をはり。

 

<優れた伝統を紡ぐもの>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年 4月13日(水)11時10分38秒
返信・引用 編集済
  守るべき確かなものには実体など不要である。守るべきものは、我々の意識の内側にあるからだ。実体といわれるものと意識の内側にあるものとは、はじめから不可分であり、意識の内側に価値あるものが存続しさえすれば、いつでも実体化は可能なのである。

つまり、真に担保せねばならぬのは、想いであるということだ。意識の内側に存在し続ける限り、1000年たとうが、一万年経とうが、それは必ず実体化する。
実体が伝統(想いの形)を保管・運搬するのではなく、想いこそ、実体を担保するものなのだ。

想いはとこしえの命である。
ゆえに、精神の独立なくして国家の独立無し。
実体があるから想いがあるのでなく、想いがあるから実体に顕われるのが真理といえる。
それが、意識の裡側にあるものをこそ、守らねばならぬ理由なのだ。

良習も悪習もそれぞれに想いが顕われたものである。
悪習がそれとして機能するのを回避しようとする営みもまた、優れた想いが顕われたもの。
ゆえに、優れた想いを残せば、自ずと優れた伝統も担保される。

優れた伝統をつくりだすものは優れた想いに他ならず、それが残りさえすれば、箱がなくなったとて、大した問題ではあり得ない。
宝石箱に執着するあまり、宝石の所在を忘れてしまえば、実体主義者とのそしりを免れられぬことだろう。
強固な想いがありさえすれば、獣の王ごときに伝統を奪われてしまうことなど、ありはしない。
それは、花を残そうとするのか、タネを残そうとするのかという問題なのだ。

今日、わが国の本当の独立が何によって阻まれているかといえば、それは精神の退廃によってだ。
わかりやすくいえば、独立というものに対する想いが足りないだけである。
属国状態を嫌悪してのける気持ちが皆にありさえすれば、やがてその想いは形となる。
核がないからではあり得ない。

強固な想いは、大衆ならぬ庶民によって受け継がれていくものだ。
わが国の本当の強さは、一般庶民一人ひとりに、優れた想いが生き残っていることにある。
それが、震災時にも姿を顕すのだ。
日本という奇跡の国が何ゆえあるかといえば、大勢の優れた想いがここに結実したからに他ならない。
実際、皇統の歴史もまた、優れた想いを峻別し、これをいかに残すかに腐心した歴史といえるのではないだろうか。

もとより伝統なるものには好ましいものと、好ましからざるものとが混在しており、現在に生きる我々の務めは、優れた伝統を残そうとすることだ。
逆に、好ましからざる伝統に対しては、これを断固排撃せねばならない。
歴史をもって伝統の全てを正当化してしまうなら、あらゆる非道が赦されてしまうからだ。
過去に築かれた伝統に執着するあまり、我々自らが未来の伝統の紡ぎ手であることを忘れてはなるまい。

天理に抗うのが、人道であり、自らの利欲のために、他人が犠牲となるのを見てみぬふりをするのは人道に反する。無論、生きる上では、己以外の何者かの犠牲は欠かせぬから、誰もが罪びとではある。
しかし、だからといって、犠牲に想いを寄せる気持ちを失ってしまっては、人が人ではなくなってしまう。

原発は、それが造られた場所に住む人々や自然に過大な犠牲を強いる節度なきエゴの権化に他ならない。
自分さえよければそれで良いというヒトの想いが実体化したものだ。
核兵器もまた、相手国を根こそぎ屠ることを欲した節度なきエゴが具現化したものといえる。
闘争の歴史を繰り返す過程で人々が渇望した最終兵器であり、もとはヒトの想いに過ぎなかったものである。

どちらもヒトの想いが実体化したものだが、それらは間違いなく負の遺産だ。
ならば、それらと決別する、否、しようとする歴史を紡ぐのも、また人の想いであるはずなのだ。
その想いを残すことが、現在を生きる我々の使命である。
核と決別し得た歴史を後世の人は振り返り、そこに優れた伝統を見出すに違いない。
 

『原発』と『原爆』

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年 4月12日(火)10時20分21秒
返信・引用 編集済
  ☆ SHO 様
☆ タチバナ 様


 おはようございます。

 韓流ドラマにハマった店主が逐電遁走中にも拘わりませず、ご投稿を賜りましてありがとうございます。おかげさまをもちまして、“荒らし”さえ寄りつかない廃店間際の当掲示板も細々と営業を持続することが出来ております。

 理数系が赤点だらけだった私奴は、原発について何の知識も持ち合わせておりませんので、せっかくのお話に加わることが極めて難しい状況であります。ごめんなさい。それでも子供の頃、雨になると“死の灰”が降ってきて頭が禿げるとか言って堅く信じ、雨を恐怖していました。

 何も知らない小学生時分ですから、広島・長崎の原爆や第五福竜丸事件、ビキニ環礁の原水爆実験等のニュース映像を観て恐れおののいていたので、子供同士の“死の灰”関連ガセネタも徒に恐怖心を増幅させるに十分だったんでしょうね。つまり当時は、未だ世に伝播することのなかった原発事故ではなく、兵器(原爆)としての“放射能”に恐怖していたわけです。

 “平和利用”を誇示する原発が一旦事故となれば、原爆同様の“殺人兵器”と化す。原理が同じなら当たり前とはいえ、あなおそろしや。

 

プライドの無い国、日本

 投稿者:タチバナメール  投稿日:2011年 4月11日(月)22時16分8秒
返信・引用
  原発事故に対する私の考え。

自分の尻も自分で拭かずにアメリカに尻を拭いてくれと頼む哀れな国日本。

しかも善意などでは無く日本国内であまり反原発気運が強まればアメリカにとっても都合が悪いから腹の底では日本の事をバカにしながら近づいてくるアメリカに感謝するアメポチ達。
 

<原発の欺瞞>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年 3月31日(木)08時44分0秒
返信・引用 編集済
  原発にはいくつもの欺瞞がある。
エネルギー効率が良いであるとか、クリーンであるとか、安全であるとかの欺瞞だ。
まず、エネルギー効率について。エネルギーの入力部分には、原発維持に関わる必要経費全てを考慮する必要があるわけだが、いくつかは不明のままで、効率の評価に含まれていない。

原発はオンオフが困難なので、余剰電力が大きくなりやすいという特色を持っている。このため、火力発電所のオンオフや揚水発電所を併設するなどして調整するわけだが、揚水発電所の建設、維持にかかるコストが明らかにされておらず、効率に関して考慮されていないのだ。
そもそも、余剰電力が大きいということは、有効利用される電力が少ないことを示すので、公表されているほど、実質的にはエネルギー効率が良いとはいえなくなってしまう。

次に、クリーンかどうか、つまり、環境に優しいかどうかという問題だが、今回の災害を鑑みても、一つ間違えば、原発は他の発電方法とは比較にならぬほど環境を汚染するのは明らかだ。放射性廃棄物は自然界が分解不能であり、その処理については、埋めてしまう以外手立てがないのが現状だ。しかし、それすらも長期的にみた場合、環境にいかなる被害をもたらすかは定かでない。埋めたということは、地殻変動による影響を受けざるを得ず、問題を先送りしているだけなのだ。
ついでながら、原発は二酸化炭素排出量が少ないというのも欺瞞である。ウラン濃縮に要する膨大なエネルギー消費により、間接的に温室効果ガスを排出するのだ。その排出量は、天然ガス火力発電と大差なく、バイオガス火力発電に比べると、7倍ほど多いともいわれる。

今回もっとも明らかとなった欺瞞は、その安全性だが、これについては多くを述べるまでもないだろう。論より証拠、百聞は一見にしかず。電力会社のホームページには、活断層の近傍に原発を建ててはいないことになっているようだが、浜岡原発は東海地震予測震源地のほぼ真上にある。つまり、業界のいうことは嘘で塗り固められているといって差し支えない。

では、何ゆえかくも非効率でダーティーかつ危険な原発が造られるようになったかといえば、それは、国が金を出したからに他ならない。将来の核武装を見越し、公共事業の名目で出された金が企業の儲けとなり、めぼしい産業のない地方の行政がこれにすがった。政官業の癒着が、ここまで傷口を広げてしまっただけの話なのだ。
実際には天然ガスを用いた火力発電へシフトする方が、よほど効率が良く、環境にも優しい。温暖化二酸化炭素悪玉論が登場するまで、原発産業は確実に消退しつつあった業種なのである。温暖化は温室効果ガスによるものではないとする科学的見解に耳を傾ければ傾けるほど、どちらのいうことに分があるかは明らかだ。温暖化二酸化炭素悪玉論は、原発産業界の喧伝であった可能性が高いといわざるを得ない。

今日、1970年代に造られた原発の多くが耐用年数を迎えようとしており、廃炉の後始末にかかるコストやリスクを考えれば、自前の核武装をいわない限り、脱原発こそ正しい判断である。
資源のない国、日本のエネルギー獲得には原発が必要というのは、単なる刷り込みの結果に他なるまい。
 

<圧力容器損壊の危機>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年 3月18日(金)15時27分17秒
返信・引用 編集済
  日本の原発建設は将来の核武装を視野に入れた国家政策で始まったといってよい。
実際はエネルギーを原発に頼ることで電気料金は割高になっており、OnOffの困難な原発を運用するため未稼動になっている火力発電所を用いれば、電力供給には必ずしも事欠かないという報告もある。
ゆえに、エネルギー供給に原発が必要というのは、単なる刷り込みかも知れない。
公共事業の名目で造られ続けているため原発依存度が高くなる一方、これに温暖化二酸化炭素悪玉論が拍車をかけているのが実情だ。
潤うのは政官業ヤクザ。
しかし、その温暖化二酸化炭素悪玉論も、原発産業界による喧伝の可能性が指摘される。

いずれにせよ、これほど地震の多い国に、国家にとって致命傷を与えかねぬ原発を造るのは、愚か以外の何ものでもない。
炉心溶融(メルトダウン)が進行すると、最悪の場合、原子炉圧力容器などが破損され、放射性物質が周囲に拡散する可能性がある。
確かに、現在、原子炉圧力容器の損壊は報告されていない。
しかし、今後についてはどうだろう。
現に、あらゆる手立てが尽くされているにもかかわらず、メルトダウン進行について、回避可能性の見通しは全く立っていないし、そのことを専門家も触れたがらない。
「現時点では大丈夫」を繰り返すだけ。
圧力容器が損壊すれば、当然ながら、2、30キロ圏の避難勧告では済まされない。
否、そうなれば、もはや避難することさえできない。
可及的早期に最悪の事態を想定した避難勧告が出されるべきではないだろうか。

これまでは原発建設に際し、国も電力会社も原発安全神話の刷り込みを地域住民に行い、地方行政はそのお財布事情ゆえに神話への懸念を黙殺してきた。
福島第一原発にみられる危機的状況は、大衆を脱却した人間にとっては予期し得た事態であり、これまでに何度も警告は行われてきたわけだが、それらがきき入れられる事はほとんどなかった。
のど元に刃物をつきつけられてみなければ、その本当の恐ろしさを認識できないのは、大衆のゆえである。
エネルギー確保には原発が必要などというお題目を疑うことなく受け入れ、自動車事故と原発事故とを同一次元で論じ、少々の危険はやむをえないなどといいながら、自らがその災害の犠牲者となる可能性にさらされて初めて原発の有用性や危険を顧みるというのが、大衆なのだ。
そこにみられるのは、想像力の欠如だ。大衆を大衆たらしめるのは、自らの想像力のなさを自覚できぬ傲慢さにあることだろう。

原発の本質的な危険が明らかとなれば、原発を推進する国家政策にも痛手なら、原発業界全体にとっても痛手といえる。そこには政官業の結びつきがあり、互いが互いを“思いやる”がゆえに、可能な限り、本質的な問題をあからさまにしたくないという配慮が働くのは容易に想像がつく話だ。事の本質がおおやけになれば、今後に支障を来たすからである。
ゆえに、災害評価は最小値を公表しておきたい。不必要に自分たちと、その“仲間”の足を引っ張るような真似はしたくないのが人情というものだ。実際、評価を過大にしたらしたで、事なきを得た場合、後から大衆と業界全体から非難を浴びることになるだろうし、自分たちにとっても不都合というわけだ。

結局、原発の災害評価を、原発で飯を食らっている連中に任せれば、かくなる事態を招くは当たり前といえるのではないだろうか。そもそも、原発産業それ自体、その安全性の評価を、それを飯のタネにする人間に任せてきた欺瞞の上に成り立っている。
テレビで解説する専門家にしてみたところで、“仲間”を気遣うあまり、滅多なことは発言できない。
所詮は同じ穴のムジナなのだから。
しかしながら、自らが彼らと同じ立場に立ったときのことを考えると、官邸や東電の対応ばかりを批判することはできなくなってしまう。
ここでも、本当に批判されるべきは大衆の気質といえるのだ。

自前の核兵器を持つためには、原発がどうしても必要となる。
石油が豊富なイランに何ゆえ原発があるかを考えれば、それは明らかだ。
ゆえに、自前の核武装を是認するなら、たとえいかなる被害が原発災害によってもたらされることになろうとも、その存在を非難することはできない。
自前の核武装をいいながら原発を批判するのも大衆ならば、核廃絶を叫ぶかたわら原子力の有用性を説くのも大衆である。
ロジックの欠如と時の気分がそうさせるだけの話だ。
 

Re: <震災>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年 3月17日(木)08時59分4秒
返信・引用 編集済
  > No.183[元記事へ]

クロ様

>  日頃からゴミ箱状態の我家では、さらに散乱がひどくなったという物的被害(?)はあったものの、幸いにして近親者の人的被害はありませんでした。

ご無事で何よりでした。
幸い、親戚にも東北住まいの者がおらず、一安心です。
親友に千葉在住の者がおりますが、岡山にお住まいのご家族から無事との報告を受けました。
もっとも、出勤した会社が停電していて仕事にならず、大変は大変なのだそうですが。

放射性物質は風向きや地形次第では高濃度を保って遠隔地にいたることも考えられるので、十分にご注意ください。
このタイミングで東海大地震が起こらぬことを祈るばかりです。
今回を教訓として、一刻も早く浜岡原発の即時運用停止となることを願います。
小生の調べえた限りでは、わが国の原子力発電は、エネルギー供給が目的ではなく、将来の核武装のためにあるに過ぎません。
実際には未稼動の火力発電所を用いることでエネルギー供給は可能であるともいわれています。
温暖化二酸化炭素悪玉論に後押しされ、原子力への依存度を増やしたために、かくなる事態を招いているのではないでしょうか。
その温暖化にしても、原発産業界の喧伝に過ぎないともいわれ、原因に関する事実は定かでありません。

>  恐るべし! 日本のインフラ技術。

そうですね。
それだけでなく、災害時のマナーの良さも世界で話題にのぼっているようです。
こうした国に生まれえた幸運を誇りに思います。
 

Re: <震災>

 投稿者:クロメール  投稿日:2011年 3月15日(火)19時46分24秒
返信・引用
  > No.182[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんばんは。

 お心遣い、まことに有り難うございます。

 日頃からゴミ箱状態の我家では、さらに散乱がひどくなったという物的被害(?)はあったものの、幸いにして近親者の人的被害はありませんでした。

   天災は忘れた頃にやってくる。

とは寺田寅彦の言ですが、被害に遭われたみなさまには心からお見舞い申し上げます。

 思い起こせば四十年ほど前、春休みだったか夏休みだったか忘れましたが、大分の親友宅に泊めてもらった際、震度5の地震を経験しています。真夜中でした。友人父君の「外へ逃げろ!」の号令で、枕を抱えて飛び出したことを憶えています。

 今回も同じ震度5(都区内)だったらしいですが、直下型かつ地面に近い平屋で経験した大分の場合と違い、12階建10階はまるで嵐に遭った船のようでした。予震が長くて横揺れなので遠方だろう、とタカをくくっていました。その時、何をし、何を考えていたと思います?

 パソコンで韓流ドラマを見ながら、「結構揺れるなあ。会社でもらったヘルメットの在処はわかっているし・・・。」などと思いつつ、屋外へ飛び出すわけでもなく、山積状態の物品が散乱するのを眺めるだけで何もしませんでした。ガスこそ安全装置が働いて元栓から止まったものの、水道は無事。そして停電することもなく、パソコンの韓流ドラマは何事もなかったように淡々と続き、ダウンロードするに何ら支障なし。

 ところで、ベトナムで暮らす友人が定期メールを送ってくれているので、それを引用します。(一部カット済)

 昨晩、テレビで菅総理が計画停電について発表しているのを見ながら感心したように、「日本ってすごい国ねえ。停電するだけで、総理大臣が出て来て説明するなんて。ベトナムみたいに、停電が日常茶飯事の国では、考えられないわ」と言います。確かにその通り。

 ベトナムでは、ホーチミン市のような国内最大の都会ですら、停電が日常茶飯事であることはご存じですよね。
 計画停電もありますが、突然の停電も珍しくありません。1日10時間程度の停電が、週に数回起こることもあります。もちろん、国家元首がテレビで停電についてコメントするなど、考えられません。「今日は停電がありましたね」というのは、日本でいうと「今日は一雨来ましたね」というのと同じくらい、普通の会話なのです。

 こういうときに、ベトナムと日本の国力の差の大きさを感じます。

 これを書いていて、一つ思い出した話があります。30年近く前、真冬の竜飛岬に行ったときのことです。時期が時期ということもり、最寄の三厩駅から岬へ向かうバスの乗客は私だけ。寒風吹きすさぶ岬にも、まったく人影はありませんでした。しかし、そこには自動販売機があって、ちゃんと電気も来ていて、見た限り売り切れになっている商品は一つもなかったのです。その時に私は少し感動してしまいました。「こういうところまで、ちゃんとメンテナンスに来ている人がいるんだな」と。

 かたやベトナムはというと、ホーチミン市こそ高層ビルもあり、発展しているように見えますが、市内中心部に置いてある自動販売機でも、故障中のものが少なくありません。車で3時間も行くと、電話も電気も水道も来ていない村がいっぱいあります。数年前までは、雨水を貯めて煮炊きに使い、火打石で火をおこし、川がお風呂の代わりという状態でした。

 「停電、断水なんて、日常茶飯事なので慣れている」なんて、何の自慢にもなりません。ベトナムも頑張ってインフラを整備して、停電が起きるときは首相が出て来てテレビで説明するくらいの状態になって欲しいものです。

 恐るべし! 日本のインフラ技術。

 

<震災>

 投稿者:SHOメール  投稿日:2011年 3月15日(火)18時31分54秒
返信・引用
  クロ様

大変なことになってしまいましたね。
本当にコトバがありません。
クロ様はご無事でいらっしゃるでしょうか。
 

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