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<裁かれぬ罪>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 5月 2日(金)19時55分32秒
  通報 返信・引用 編集済
  もともと、戦争は国際紛争を解決すための政治手段としての側面を持っていた。ゆえに、戦争終結後に遺恨を残さぬよう、そこには一定のルールがあった。非武装民間人を攻撃目標としないというのもその一つである。ところが、大東亜戦争では米国がその禁を破って日本本土を攻撃し、東京大空襲では10万人以上の民間人が虐殺された。その後、広島、長崎に相次いで原子爆弾が投下され、実に20万人以上が虐殺されたといわれている。
南京大虐殺と呼ばれるエピソードは、終戦後の東京裁判で突如言われだした話だったが、この話を言い出したのは米国人記者で、最初はもっと少数の犠牲者だといわれていたものが、いつの間にか犠牲者30万人以上が既成事実とされるようになっていた。

この30万という数字こそ、まさしく実際に米国側が行った日本人大虐殺に匹敵する数字である(日本全土の空襲を合わせれば最低50万人以上)。即ち、南京大虐殺は米国の戦争犯罪を正当化するために捏造された史実であるという見方ができるのだ。東京裁判では戦犯が裁かれたことになっているが、米国の犯した罪は全く裁かれていない。結局、この裁判ではっきりしたのは、いつの時代も、勝者が歴史の事実を書き換える権限を持っているという教訓だけであった。

原爆の使用理由に関し、米国の主張は戦争を早期に終わらせて犠牲者を少なくすることを挙げ、半数以上の米国人はその使用に納得しているのだという。とはいえ、こうした「目的のためなら手段を選ばず」という機械的な合理主義は人心の退廃を意味するものではないだろうか。それはある種、魂の病気と言っても差し支えあるまい。戦後、米国はこの病的思想を世界中にばらまき続け、それに感染する人々は増加の一途を辿っているように見える。それゆえ、被爆国でありながら、わが国でも核武装の必要性を主張する人が後を絶たないのであろう。
しかしながら、核兵器は応戦する術を持たない民間人を標的とした都市破壊兵器であり、どのように高尚な目的を掲げ、どんな言い訳をしてみたところで、人道上、絶対に許容され得ぬ手段であると私は思う。

はなはだ蛇足ながら、歴史を見つめるようになって以降、米国映画を観るたび例えようのない違和感を覚えるようになった。果たして、かの国に正義の何たるかを語る資格があるのかと。特に、米国国旗色を身にまとったスーパーヒーローの活躍を描く作品を観ると、その感覚が極限に達するのを避けることができずにいる・・・。
 
 
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