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<核武装に替えて>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月 8日(土)12時53分50秒
  通報 返信・引用 編集済
  確かに、独立国家としての矜持を保つべく、不安定な国際情勢を抱える国々が核武装を企図するのが今の時代の趨勢といえば趨勢なのかも知れない。けれども、そもそも核を持つ理由が相手の核を使わせないことを目的とするなら、そのための方法は何も核武装である必要はないわけだ。互いが核を持つようになってしまえば、その先にあるのは文化文明の自滅、いうなれば共倒れである。

核武装は思考停止の産物に過ぎず、発想を柔軟にめぐらせて多方面から目的を達成すべく努力を払う必要があるのではないだろうか。
例えば、世界でもっとも敬愛され、必要とされる国であり続けることは、そのための手段の一つとなり得るだろうし、核を使わせないための国際法を整備拡充するのも良いだろう。近隣諸国に対しては、経済的な互恵関係を緊密にして互いに相手国への攻撃が自国の経済的損失に直結するようなシステムを構築するのも一手である。

ハード面では、特殊なハッキング技術の開発によって敵国のコンピュータに侵入し、核弾頭の起爆装置をコントロールするアイディアも良し。飛来する核弾頭を撃墜するレーザー技術の開発に力を注ぐのも、方向性としては悪くない。実際、理論上とはいえ、核兵器そのものを使用不能にしてしまう技術も考案されており、矛に矛で応じるばかりが全てではなく、盾で応じることを考えてもよいはずなのだ。

そうして生み出されたアイディアの数々は、この血生臭い世界の歴史を変革する原動力となるかも知れないし、そのようなことができる国はまた、日本をおいて他にないことだろう。確かに、弱肉強食こそが今ある世界のスタンダードであるのは間違いがない。しかし、未来の国際社会にとって、そうではない価値基準を世界のあるべき姿として新たに指し示すことの方が、自己保全のために安直な核武装を唱えるより、ずっと意義深いことではないだろうか。

勿論、こうした見解に対し、実効性の有無に懐疑的な意見はあるだろう。しかしながら、実効性が定かでないという点においては、実は核武装にしてみたところで大差はないのである。人類にはすでに核兵器の使用経験があり、相手が核をもっていようがいまいが、やるときにはやる、しかも徹底してやれば反撃の機会を奪うことだってできなくはない・・・などと考えるのが人間だからだ。

つまりは、相手に核を使わせぬための核武装などと言ってみたところで、長期的に時を俯瞰するなら、実効性には懐疑的とならざるを得ないわけである。とすれば、行き着くのはどういう選択に傾注するのが美しく誇らしく生きられる(死ねる)のかという問題だ。ゆえに、核武装断固拒否で良いといえるのではないだろうか。

仮に、やられたときにやり返すための核武装だという威勢の良い話であるなら、わが国が核武装していの一番にやらねばならないのは、米国に借りを返すことだ。けれども、米国も馬鹿ではない。アメリカに核を落とす権利を有している世界で唯一の国がわが国である以上、絶対にそれを容認するはずがないのである。ということは、実現困難という意味でも、愚見と核武装に大差はないといえるだろう。

結局、属国状態らの脱却、真の独立には、核武装を声高に叫ぶより、核の傘からの離脱の方が現実的なのだ。それによって、より対等の同盟を結び得るからだ。真の独立には決死の覚悟が必要不可欠というわけだが、そういうやせ我慢にこそ、日本人的な美しさを感じずにはいられない。
 
 
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