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<和を以って尊しとなす>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 1月24日(火)09時43分30秒
  通報 返信・引用 編集済
  クロ様

おはようございます。
歴史に疎い小生ゆえ、気の利いたコメントができず申し訳ありません。
それでも、思いつくままに愚見を述べてみたいと存じます。

一説によると、蘇我氏は仏教派であり、神道派の物部守屋の一族を滅ぼしたのが、日本最初の宗教戦争であったのだそうです。仏教は自然に根付いたのではなく、武力で国教とされたのだと。日本書記によれば、聖徳太子は仏教派として物部氏と戦ったとありますが、しかし聖徳太子は、自身は蘇我氏に暗殺された疑いがあり、その子孫もまた蘇我氏によって滅ぼされています。ゆえに、聖徳太子が本当に仏教の功労者であったかどうかは定かでなく、仏教の聖人として祭り上げられたのは、その怨霊を鎮めるためであったのだとか。
しかも、仏教伝来以前にあった日本神道は、中央アジアからの移民である秦氏の伝える景教を既に取り込んでいたのだそうで、実は聖徳太子は秦氏とゆかりがあったのではないかというのです。景教は、東方に広がったネストリウス派キリスト教で、その儀式や伝統は古代ユダヤ教の特徴を備えていたといいます。
ザビエルが日本にキリスト教を伝えるはるか以前、神仏習合に先行して既に神道とキリスト教との習合が行われていたとする俗説で、ネタ元は、<日本・ユダヤ封印の古代史2「仏教・景教篇」>です。

その見方が正しいかどうかはさておき、もともとユダヤ教といわれる宗教の奥深くにある信仰の起源も、古代インドに遡れそうなので、宗教はどれも根が皆同じであると小生は愚考しています。
宗教というのは信仰が伝統化、様式化したものであり、宗教と信仰とは同義ではありません。信仰というのは存在理由を示す道理であり、哲学思想であるため、当然ながら、その理解には意識の発達の程度に応じた個人差が生じます。
ということは、特定の宗教が流入したとしても、その最深部である哲学的側面の理解は、受け手の意識の発達の如何によって異なってくるわけで、庶民に広く行き渡るのは表面的な儀式や作法を中心とした形式が主となるものです。
外来宗教の教えは、その国民の気質に合致したものだけが受け入れられるのは当たり前なのであって、表面的な形式しか国民文化に根付かなかったとしても、それを以って本来有していた信仰が幼稚であったかどうかを探ることはできません。

もとより、信仰が伝統化して宗教になってしまうと、必然として垣根が生じてしまい、垣根の内側と外側で軋轢が生じるのを避けられません。平和的な気質を受け継ぐ民族であればこそ、そうした軋轢を嫌うはずで、わが国にいかなる宗教も形式儀式以上に根付かなかったのは、その故ではないでしょうか。
四方を海に囲まれ、外敵の脅威にさらされることの少なかったわが国においては、垣根を以って外敵にあたる感覚が乏しく、むしろ争いの種をいかにして避けるのかに敏感であったに違いありません。宗教の相違を教義の違い、あるいは神様の違いとして受け止めるよりは、形式、儀式の違いとして受け止める方が、はるかに平和的で、争いの種をつくらずに済みます。ゆえに古来より習合が繰り返されてきたのではないでしょうか。和を以って尊しとなすというわけです。
 
 
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