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人類と亀の掛け合わせ

 投稿者:日向  投稿日:2015年 9月 6日(日)10時41分49秒
返信・引用
  これからの問題は、日本国民の安全である。
小生は長年の研究の結果、海亀と日本人の交合は巨大な言葉を理解する亀は
間違いなく誕生する、

大きさは空母に匹敵する、その能力は水中に一ヶ月以上の滞在、速力は時速80キロで
水上、水中を自由に動き回る、

またその巨大な体から中国全土に響くほどの大音声での歌声を聞かせ海上から
尖閣に近づくなと警告を発する事も可能である。

場合によれば朝鮮半島、中国本土に果敢に上陸を敢行し一つの都市の上に
蓋をする事が可能であろう。

亀を利用せよ、防衛、食糧、災害防止、全てに役立つ巨大亀は日本国の未来を
救うであろう、

海亀との結婚を認めよ、雄亀と日本人女性、雌亀と日本人男性の婚姻はノーベル賞
の対象になり、世界の軍備の有り方を根本から変えていく。

安倍内閣は下らない議論を取り止め、亀に全てを託せ、
日本は巨大亀を有する大国として世界の尊敬を受けるであろう、
 
 

トンボを巨大化

 投稿者:日向  投稿日:2014年 9月28日(日)15時19分47秒
返信・引用
  赤とんぼなどで日本人にはなじみの深いトンボを
巨大化することを提案したい。

馬に変わる乗り物として低空を飛行する乗り物として
トンボを巨大化しトンボ牧場を整備せよ。

地球温暖化は気候の激変を招き各地に大災害をもたらしている

それを解決するのがトンボである、トンボはクリーンなエネルギーの
空飛ぶ乗り物になる。二人乗り四人乗りのタクシーとしても有望である。

肉はトンボ肉になる、トンボには捨てるところは無い。

羽は繊維に大きな眼は監視カメラに使用できる。

日本は今こそトンボを巨大化しトンボの言葉も小学校から教えれば
自由にトンボと意思疎通が可能である。

トンボの餌は家庭ごみで可能である、これは廃物利用と環境整備の両方を
一挙に解決できる。

乗り物として、食糧として、近距離移動用の公共乗り物としてトンボの巨大化は
一刻を争う。最大で長さ10メートルのトンボを育て飛行場に変わるトンボ場を
早急に整備し、トンボ管制員も育成する時期である。

トンボは人類最後の希望である。

 

鰻と泥鰌の差

 投稿者:日向  投稿日:2014年 6月25日(水)19時06分33秒
返信・引用
  泥鰌は何ゆえに泥鰌のままであるか、
なぜ鰻になり得ないのか。

だがある条件下では泥鰌は鰻になる事が確認されている、
その条件とは急流、丸い石、50mに一つ以上の深い淵が
必要だとわかってきた。

この条件に泥鰌を数十匹放すとそのうち8割が鰻と名乗る
残りの2割は泥鰌と鮒に分化する。

この研究の結果、河童を川に戻すことが可能ではないかと研究を続けている
チームがある。鰻20匹に河童が一匹誕生することもわかってきた。

中でも人と会話のできる河童は100匹の河童のうちたった2匹しか確認されて
いない、さらに人の言葉を話す河童は総じて身長が160cm体重が60キロ
に成長し、中には水中に8時間潜って熟睡する河童も一部確認ができている。

今後このような河童が増えてくると人権ならぬ河童権が論じられるであろう、
参政権の問題、地域住民との融和、全裸の禁止など今後の河童問題は日本の
歩むべき方向を決定するほど重要である。

人口少子化の現在、河童に日本国籍を与え河童食を禁じるなど、イルカやクジラ
どころではない、大きな国際問題になるであろう。
 

<集団的自衛権?>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 6月25日(水)13時37分14秒
返信・引用 編集済
  アメリカっつな、日本の非武装民間人を人質にとって無条件降伏を要求してきたお国。ただ戦争に勝つことだけを目的として哀れな日本人をそれこそ無差別に何十万人も虐殺した野蛮国じゃ。それだけでは飽き足らず、南京大虐殺を捏造して歴史までも書き換えおった非道な連中なんじゃ。
それでもアメリカと同盟らしきものを結んでおるのは、一番性質の悪い連中をひとまず敵にまわさんでえーようにするためじゃろ。別に仲良くするためでもなけりゃ、自分らを守ってもらうためでもありゃせん。なしてそんな奴らに集団的自衛権でもって媚びねばならんのかわけがわからん。
アメリカはいつまでたっても、どこまで行っても、自分たちの損得勘定だけで動く国で、決して道義なんぞで動いたりはせん。日本がやられて自分たちの損になると判断すりゃ日本につくが、得にならんと判断すりゃ何もせんじゃろ。
日本がアメリカ様の戦いに参加したって得することなんざ、な~んもないわい。
 

河童を救え

 投稿者:日向  投稿日:2014年 6月23日(月)10時05分27秒
返信・引用
  子供の頃に日常的に川にいた河童が絶滅の危機に瀕している、
河童の食べ物は鰻だ、鰻の減少が河童の棲息に大きな影響がある。

皆さんも思い出して欲しい、
子供の頃には川には河童が溢れていた日常を。

河童は時に縁側に来て一緒に語らいながら西瓜を食べた自然が豊かであった
それが今では川を探しても一ヶ月に一匹くらいの河童しか目にする事は
無くなった、国を挙げて河童を救おう。

世界でも日本だけにいた河童は自然遺産に登録して国会で河童法を成立させ
河童を捕獲し食用にするものに厳罰で臨もう。

これは鯨どころの騒ぎではない、世界に発信しよう、
河童のいる美しい日本を。

私も一匹飼育していたが、先日の大雨で逃げられてしまった、
無事に鰻を食べて成長して欲しいと祈るばかりである。

河童は国の力である国の源泉であった、
河童さえ戻れば日本はまた大きく成長する、河童は川を浄化し空気に酸素を
提供する、木々の緑を保ちPM2.5を吸収する。

まず鰻を増やせ河童は自然に川辺に腰をかけみなさんに親しく語りかけるであろう。
 

<関東に暮らす危険>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 6月 3日(火)08時39分41秒
返信・引用 編集済
  先日、地区の医師会があった。その席で東京から岡山に移住なさったばかりのある医師から原発被害に関する驚愕の事実を伺うことができた。
事態の深刻さは既においしんぼの鼻血表現ごときで騒いでいる場合ではなさそうだ。現実は切迫しており、子供を抱える若い親世代は一刻も早く関東を脱出した方が良いのかもしれない。
確かに、この種の警鐘は莫大な経済的損失を招くことになるという側面を持ってはいる。しかし、それがどのようであれ、愛するわが子の健康にはかえ難いことだろう。

・・・とはいえ、皆が皆脱出したくてもできるわけではないというところが問題を難しくしているようだ。それは当然のことで、誰もが今ある生活を突然放棄することなどできはしない。ましてや、自らに症状がなかったり、血液生化学上の異常がなかったりすればなおさらだ。ゆえに、「騒ぎを起こすな」という理不尽な要求が告発者に向けられることになる。のみならず、真実を追究してのけるべき医学の側でも同種の反応が生じ、論文による報告がアクセプトされることもないのだとか。結果、本当に有用なエビデンスが無視されるという現状がそこにある。事実が詳らかになることで生じる影響があまりに大きすぎると、その内容がどれほど重要であっても黙殺されてしまうというわけだ。

科学の厄介なところは、いかなる見解にもそれぞれに反論があり、それを裏付けるエビデンスのあることだ。ゆえに、脱出できない人々は自分にとって都合の良い主張を見つけてきて己を納得させることになるのだろう。それでも一抹の不安を拭い去ることはできず、選択を迫られることで生じる葛藤は、次第に選択を突きつけた側への怒りに転じることとなる。事ほど左様に人間が理知的に行動するのは本当に難しいと思わずにはいられない。
 

無頼の徒

 投稿者:日向  投稿日:2014年 5月24日(土)10時59分10秒
返信・引用 編集済
  対馬という島が長崎県にあります。

朝鮮人が大挙して押し寄せる島として有名です、
朝鮮人は観光と言うよりは、対馬は韓国領土である、その土を踏むのは愛国だと
そういう思いで押し寄せると聞いております。

島の多くの場所に観光客とは思えない朝鮮人が大規模な立て札を建てて回るそうです、
曰く「対馬は韓国領土、日本人は出て行け」

これが他国に観光旅行をする人の態度でしょうか、
朝鮮人という人類の常識が通用しない蛮族との交流を悔し涙を噛み締めて
生活の為に迎い入れる対馬の人々の苦衷は察するにあまりある。

日本政府は傍観していていいのか、
朝鮮人の入国を、入島を禁止する事は至極当然な国土蹂躙を防ぐ行為である、
島の人々の生活は国費で賄う事は国家の責務であろう、長崎県の責務であろう。

朝鮮人と言う無頼の徒、知性のかけらも無い蛮族の横行を阻止せよ、
日本本土でも朝鮮人がマンションを買いあさっているそうだ、対馬の土地は半分以上が
朝鮮人の所有に移転され、自衛隊のレーダーサイトを取り囲むように朝鮮人が土地を
購入している、これは個人の意志ではなく韓国政府の意思であると誰が考えてもわかる。

日本本土の朝鮮人のマンション買いは危険である、
この蛮族が蜂起すれば地域はひとたまりもなくキムチの悪臭に塗りつぶされる、

朝鮮人とは世界の嫌われ者、知性と教養のかけらも無い蛮族である、
朝鮮人のビザフリーをストップせよ、こんなものが入国し道路に糞をし神社に小便を
かける、高級店の前で並んで糞をする、これが朝鮮人である。

衛生上も朝鮮人を入国させるな、マラリアの蚊と同等の忌避すべき蛇蝎のような
類人猿である。
 

痴漢の冤罪を防げ。

 投稿者:日向  投稿日:2014年 5月21日(水)23時33分45秒
返信・引用 編集済
  女性による男性のセクハラ冤罪は後を絶たない、
年間表に出ているものだけでも、1千件を越えると言う。

女性が男性を指差し「この人痴漢です」と叫べば全てが終る、
それが女性の故意による罠であっても、人違いであっても
男性に逃れる術は無い。

駅員が駆けつける、駅事務所に行きましょうといわれる、
この時点で男性は逮捕されているのだそうだ。

警察が駆けつける、助かる方法はまず無い、
冤罪だと叫んでも警察は「誰でもそういうんだよ、常習だろう?」と机を叩く。

「違う」と必死に叫んでもそれを証明する方法は無い。

この女性上位の一方的な断罪はどうすれば解決できるのか、

私は其の場で女を滅多打ちに殴りつける事が正しい行為だと思う、
出来る事なら、痴漢被害常習の女の歯を全部折り、抜歯する、女の顔の真ん中を鋲を打った
靴底で思い切り体重をかけて踏み潰す事、

これしか道は無い。

大体糞女に限っていい男を痴漢呼ばわりする、こんなものを野放しにしてはいけない。

せめて、女の耳を噛みちぎり喉笛にがっぷり歯を立てて警察官を
待つことだ。

「おまわりさん、悪い女を成敗しました、こいつは常習だと思います」
その間も女に対しては頭突きを片時も止めてはいけない。

或は緊急時には駅のホームで女を胴締めにし骨を折る、駆けつける駅員の鼻は根元から食いちぎり
正義の鉄槌を下す事、そのまま警察に引き渡し「犯人逮捕の表彰を受ける」

たちの悪い女は、男の衣服をつかんで「この人痴漢です」と叫ぶ詐欺的被害妄想の女がいる、
これに対しては、懐深くしまいこんだバリカンを取り出し、其の場で女を丸坊主にする、
出来れば下半身もつるつるにすればいいのだが、そんな時間的余裕の無い忙しい人は、
せめて女の頭をくりくり坊主に刈り取って、頭に憲法第1条を書き残し、後世の範と
すべきであろう。

警視総監感謝状が授与され秋の園遊会に招待される事はまず間違いない。
全て世は悪女の群れの中に埋もれている、明日から男たるもの歯を尖らせ、バリカンを所持し
国家国民安寧の為にその身を投じるべきと小生は考える。

いざ、立ち上がれ、冤罪の無い平和な社会へ、それがバリカンである。バリカンさえあれば
全てが・・OK牧場である。
 

<鼻出血と放射線>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 5月21日(水)22時59分43秒
返信・引用
  西尾正道北海道がんセンター名誉院長の見解

<引用開始>
『基本的には放射線の影響は被ばくした面積や体積によって異なります。セシウムの微粒子(実際には光子ですが)は呼吸と経口により、口腔粘膜・鼻腔粘膜・咽頭粘膜の他に気管粘膜や食道粘膜にも影響を与えますが、
粘膜の粘液に付着してとどまるため、こうした広範な被ばくの場合は低線量でも症状が出ても不思議ではありません。
その一つの症状として、粘膜の易刺激性が高まり、 のどの痛みとか鼻血があります。鼻血は出血点がはっきりしないタイプで にじみ出るような出血のタイプとなります。こうした被ばくでは特に一過性に放射線が突き抜けるだけでなく、 粘膜に付着するため、比較的影響が強くなると考えられます。鼻血は低い線量でも広範な粘膜が被ばくした場合は出ても不思議ではありません。 放射線治療をしていない先生には全くこの感覚は分からないでしょう。
線量だけではないのです。 被ばくした範囲が大きく関与します。私は放射線の影響だと答えています。子どもの場合は鼻腔内のキーゼルバッハという場所で、よく鼻血がでる場所がありますので、鼻腔の何処から出ているのかを診察すればわかることがあります。御用学者は鼻腔を診察したことがないでしょうし、診察もできないので、一般論の線量だけでしかものが言えないのです。』
西尾拝
<引用終了>

世間を騒がせている問題だが、美味しんぼの原作者に非難が集まるのは筋違いだという気がする。鼻出血と放射線との間に上記のごとき考察が存在するなら、マスコミに煽られるがままに原作者を批判する行為もまた愚かと言わざるを得ない。

世の中、科学的根拠があれば必ず正しいかというと、そういうものではなく、科学的根拠がなければ間違っているかというと、そういうものでもない。
実際、今ある科学的事実なるものは短期間で覆ることがあるし、今は根拠がなくとも後々明らかにされる科学的事実も沢山あるのだ。
確かに、今回のケースで作者側の主張には目下、明確な科学的根拠はなさそうだが、しかし、証言者が実在する以上、そのような健康被害を訴えている人もいるという事実には反していないはずである。となれば、原作者の主張を根も葉もない迷惑発言だと直ちに決めつけて断罪するのが賢明な態度であるとは言い難いのではないだろうか。無論、経済的損失という形で実害を被った当事者が作者に対して配慮を欠いた表現だと不服を申し立てるのはもっともなことだが、関係の希薄な第三者が義憤に駆られ、マスコミの尻馬に乗って個人を攻撃して憚らないのは公正な態度ではない。

もとより、何かを守ろうと正義を振りかざせば、結果的にその正義によって別の誰かが傷つくことになってしまう。あちらを立てればこちらが立たず、何かを主張する際、あらゆる立場の人に配慮して物を言うことなど、土台不可能なことだ。
ゆえに、正義を振りかざすにはそれなりの覚悟が要るのである。けれども、相手にいくらその覚悟があるからといって、マスコミからもたらされた限られた情報だけで不用意に相手を批判してのけるのはいかがなものだろう。特に、皆も騒いでいるからという“時の気分”で以って多数派の意見に属して個人を攻撃するのは、決して褒められたことではない。

誤解のないよう付け加えておくが、これは批判することそれ自体が悪いと言っているのではない。作者に一定の配慮が欠けていたという指摘はあって良いだろうし、実際、作者の主張は本当に的外れかも知れない。けれども、自らが直接損害を被ったわけでもないのに、正義漢面して我先に批判の大合唱に加わるのは、愚かな群集心理のなせる業でしかないことだろう。いずれにせよ、福島の惨状を招いた元凶が何であったかについて鑑みれば、作者批判に加わる政治家たちの主張もまた空虚とならざるを得ない。

実のところ、原発が運用されることで利益を得る方々にとっては、相手が誰であれ、福島の危険をあらためて強調されるのは大変厄介な話となる。ゆえに、その方々にとっては作者の発言が科学的根拠を持つかどうかなどどうでも良く、とにかくそういう話は潰してしまいたくて仕方がないわけだ。となれば、そのためには作者に対して“福島の風評被害を煽った極悪人”のレッテルを貼って攻撃をしかけるのが一番手っ取り早い。ゆえに、事実がどうであるかを静観するのでなく、一方的に批判的な論調をとる人々には、そういう手合いが多いといえるのではないだろうか。

また、そうした輩にとっては汚染状況の評価に関しても、原発事故が起こってしまったとて大した被害にはならないという論調を推し進めた方が自分たちの利益につながるので、その種の主張に走りがちである。もともと、そちら側の人々は世論操作に長けており、ネット上でも同一人物が複数の名を騙って世論をミスリードしていくことさえあるようだ。
要するにやり方が卑怯なわけだが、彼らにとっては己の利益を守るというご立派な正義を貫いているので、それも正当化されてしまうのだろう。
けれども、そのような「目的のためなら手段を選ばず」という退廃を受け入れた人々は、やはり愚人であるとのそしりを免れることはできまい。

最後に強調しておきたいのは、福島の惨状を招いた元凶はあくまで原発であり、その原発を推進してきたのは我々の心の内に巣食う利己心であるということだ。そして、この相対世界においては節度を失った利己心こそ悪だといえるだろう。
 

クロ 様

 投稿者:日向  投稿日:2014年 5月 3日(土)13時50分19秒
返信・引用 編集済
  去勢は支那の宦官とは違った意味です。

宦官とは生殖機能を奪う所謂玉取りであり、去勢は
玉と竿を元から綺麗にカンナで削るように行う伝統的な
格調高い行為です。

削られた方も最初は驚き後に感涙に咽ぶ下半身が面一の平面になる
削る方も残酷ではなく社会奉仕のような気持ちで行うと戦国時代の
書には書かれております。

削り取った玉と竿は剥製になり艶々と隆々と光り、
玄関先に飾ればあっと驚く家宝となり得る一物です。

本人の誇りと本人の様変わりは地域に、本人に、多大な
恩恵を生ずる温情ある処置だと考えるものです。

これは性転換ではなく、下半身には何も無くなりますが、
オスであることには変わりはありません。

大衆浴場にはいる時大勢の先客は驚きと憧憬の眼差しで
彼の平らな下半身に見とれるでしょう、人生で誇り高きモーメントです。

日本の現行法では実現は不可能でしょう、だがこれは乱暴だが人類愛に叶った
処置だと思うものです、去勢と下半身面一の整形は真に人類愛
の発露です。

それをおざなりにして
その間に犠牲者が増え続けるのとどちらが正解でしょうか。

人権を言うならば、女性の被害者の人権と下半身面一の処置と
どちらが重要でしょう。

サカリのついた人の尊厳は侵害されること無く仰ぎ見られる羨望の
面一で平らな下半身、玄関に飾られる永遠に隆々と勃起した一物は
残りの人生に尊敬を受け生きていける証でもあります。

これ以外に悲惨な事件の
続発を抑える手立ては今の警察の人数では出来かねると思います。

功徳だと考えるものですが、いかがでしょうか。
 

管理者不在ですみません

 投稿者:クロ  投稿日:2014年 5月 3日(土)12時38分24秒
返信・引用
   SHOさん、日向さん、お書き込みありがとうございます。

 みなさまがご健筆を奮っておられる間、管理者不在(実は居留守)でごめんなさい。
高尚な話題には力不足なもので・・・。

 日向さん、「去勢」ですか? 支那の宦官みたい。しかし、我が国の文化には馴染まないような気がします。

 管理者は都合のいいときしか顔を出しませんが、みなさまのご投稿は大歓迎です。

 今後ともよろしくお願いいたします。

をはり。


 
 

ストーカー被害を防げ

 投稿者:日向  投稿日:2014年 5月 3日(土)09時58分15秒
返信・引用
  平均一ヶ月に一件くらいの割合で、
女性がストーカー被害にあい、殺されるという痛ましい事件が起きている。

女性に一方的な好意を寄せ、メールや電話で付き纏う、
女性は恐怖に駆られてこの時点で警察に相談するが、警察の打てる手は
迷惑防止条例に基づき、相手に直接、電話或いは面談してストーカー行為を禁止する、
警告を発する。

だが、これが成功した例はまず無い、
その直後に男は滾るものを抑えきれずに凶行に及ぶ。

気の毒なのは一方的に見初められた女性の方だ、
国家的な損失でもある、結婚して子供を産む可能性のある女性の命は
少子化に悩む日本国に取っては大きなマイナスである。

また凶行を行った男性の方も最低で15年、或いは30年の懲役刑を受ける、
場合に寄ったら無期懲役になる。

これは国家の生産性にとってのマイナスである、男女ともに失ってはならない
国家の大きな資産である。

韓国のように挨拶代わりに強姦が頻発する国ではこんな事は罪にはならないだろう、
全て日帝の残滓であり罪であると言えば全てが収まる無法国家である。

だが日本ではそうは行かない、法が国を治める法冶国家であるから無闇に人を拘束する
事はできないし、事件が起きてからの事後対策しか方法は無い。

人口減少と国家の生産力の面で、男女の喪失は大きな国家的な損失である、

そこで提案だが、ストーカー被害の届けがあった時点で法改正を行い、
男性を去勢すればいかがだろうか。

去勢後は実に穏やかな顔つきになり読経三昧の日々を送ることもありうる、
男性の生産性と犯罪を未然に防ぐことが出来る、去勢後の仕事は二丁目に立てば
立派な社会貢献も可能である。

切り取った、玉と竿は元の持ち主に記念品として剥製にして送れば、
玄関の飾りにもなり、佃煮にして食べることも可能である。

是非、ストーカー被害届と同時に玉と竿の切除を国家権力で行うべきである、
実に穏やかなつき物の落ちたような顔になるそうだ。

玉と竿の切り取りは何の苦痛も無いそうだ、レーザーであっという間に、ポロリと
床に落ちるほど簡単だそうだ、その内、自動販売機ならぬ自動切り取り器で自ら突っ込み
さっぱり散発したような気分で貴重な飾り物を持ち帰り、友人に自慢することも人生を
彩る一断面であろう。

 

<裁かれぬ罪>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 5月 2日(金)19時55分32秒
返信・引用 編集済
  もともと、戦争は国際紛争を解決すための政治手段としての側面を持っていた。ゆえに、戦争終結後に遺恨を残さぬよう、そこには一定のルールがあった。非武装民間人を攻撃目標としないというのもその一つである。ところが、大東亜戦争では米国がその禁を破って日本本土を攻撃し、東京大空襲では10万人以上の民間人が虐殺された。その後、広島、長崎に相次いで原子爆弾が投下され、実に20万人以上が虐殺されたといわれている。
南京大虐殺と呼ばれるエピソードは、終戦後の東京裁判で突如言われだした話だったが、この話を言い出したのは米国人記者で、最初はもっと少数の犠牲者だといわれていたものが、いつの間にか犠牲者30万人以上が既成事実とされるようになっていた。

この30万という数字こそ、まさしく実際に米国側が行った日本人大虐殺に匹敵する数字である(日本全土の空襲を合わせれば最低50万人以上)。即ち、南京大虐殺は米国の戦争犯罪を正当化するために捏造された史実であるという見方ができるのだ。東京裁判では戦犯が裁かれたことになっているが、米国の犯した罪は全く裁かれていない。結局、この裁判ではっきりしたのは、いつの時代も、勝者が歴史の事実を書き換える権限を持っているという教訓だけであった。

原爆の使用理由に関し、米国の主張は戦争を早期に終わらせて犠牲者を少なくすることを挙げ、半数以上の米国人はその使用に納得しているのだという。とはいえ、こうした「目的のためなら手段を選ばず」という機械的な合理主義は人心の退廃を意味するものではないだろうか。それはある種、魂の病気と言っても差し支えあるまい。戦後、米国はこの病的思想を世界中にばらまき続け、それに感染する人々は増加の一途を辿っているように見える。それゆえ、被爆国でありながら、わが国でも核武装の必要性を主張する人が後を絶たないのであろう。
しかしながら、核兵器は応戦する術を持たない民間人を標的とした都市破壊兵器であり、どのように高尚な目的を掲げ、どんな言い訳をしてみたところで、人道上、絶対に許容され得ぬ手段であると私は思う。

はなはだ蛇足ながら、歴史を見つめるようになって以降、米国映画を観るたび例えようのない違和感を覚えるようになった。果たして、かの国に正義の何たるかを語る資格があるのかと。特に、米国国旗色を身にまとったスーパーヒーローの活躍を描く作品を観ると、その感覚が極限に達するのを避けることができずにいる・・・。
 

反日の類別

 投稿者:日向  投稿日:2014年 2月19日(水)23時55分41秒
返信・引用
  一口に反日と言っても種々様々な角度と内容がある、
例えば以前のアメリカの自動車摩擦による反日、アジアで台湾を除く多くの国々、
例えばフイリッピン、ミャンマー(ビルマ)、を含む過っての大日本帝国が東亜新秩序
の号令の下に進軍し軍政をひいた国々も反日であった。

ソ連も日露戦争に敗れてから第二次大戦で報復ともいえる残虐な満州侵攻とシベリア抑留
それにも飽き足らず、冷戦の最中の米ソ対立におけるアメリカの日本よりの態度に反発
するが如き強い反日があった。

もっともソ連の反日はその前から中国で赤色洗脳により張学良をはじめ共産党だけでなく
日本の支配下にある中国人に強い、強い反日共産主義思想を植え付けたのもソ連だ。

戦後70年に近い今、それらの反日の嵐は過ぎ去り、
世界で中国と韓国(北朝鮮)が最大の反日国家として反日を国是とさえしている
だが、中国の反日は日清戦争、日中戦争に一方的に敗れた事に対する悔しさから反日を
中華民族の団結の種にしている。

韓国は違う、
国の成り立ちから国民に説明ができないし、誇りを持てと教育もできない、
第一、最大の憎悪の対象の日本国と韓国は戦争をしたことが無い、日本の庇護下にあった、
アメリカが大日本帝国を敗り朝鮮半島に進駐した結果の棚ボタ独立とは子孫に教えられない。

そこで韓国は持ち前の尊大な性格から誇りある大韓民国の歴史をねつ造する必要ができた、
その最大のターゲットが敗戦国日本であったのだ。

まず、自分たちが日本の支配にいかに戦ったかという歴史物語が必要だ、その代表が
日韓併合に反対していた初代総督の伊藤博文を暗殺した安重根を烈士と称える事から
歴史のページを開こうとした。

すなわち、竹島を強奪したことも不当な植民地支配によって奪われた固有の領土である
とし、反日のシンボル、聖域とした。

次に日本の朝日新聞が虚構の慰安婦狩りを書いたことにヒントを得て、日本の残虐な
統治は韓国人女性を性奴隷として20万、いまは50万人と言っているが、それらの
人々の人権を踏みにじり奴隷として虐待を欲しいままにし、未だに謝罪すらしない日本を
鬼畜生だと子供に教える、

韓国は大きな被害を受けたが、本来は日本のあらゆる文化を教え導いた大恩人のはずだ
それを日本は、恩を仇で返し今の世でも傷を痛め続けている。

とういう風な紙芝居を創作して大反日を展開した、
なぜか、それは朴政権が中国という世界の超大国の後ろ盾を得た事で、日本などどうでもいい
叩き潰せばいい、世界の世論は中国とアメリカによって動く、その中心にいるのが韓国である。

実に勝手な理屈だが、最大の反日国家は韓国である、

中国は共産党独裁政権が真実を覆い隠して日本の残虐を抗日映画などで80年代以降、
江沢民政権が積極的に反日を推し進め、各地に抗日記念館を作った。

80年世代と呼ばれる、80年以降に生まれた世代は丸々政府のいう事を鵜呑みにしている、
尖閣は日本軍国主義が中国から盗み去ったのだ、これも教育によって広く信じられている。

だが、中国と韓国の違いは、
中国にはそうではない、日本のODAが無かったら今の大中国は生まれていないという
意見を言う人々も20%くらいはいる、共産党の嘘を見抜いている人々も10%はいる。

韓国はほぼ99%の国民が自発的な反日である、中国と違うのは韓国には建国の歴史が無く
慰安婦、強制連行、無理やりな侵略植民地と強く信じている、政府よりは民間が強い反日
意識を持っている、

劣等感の裏返しだ、反日で日本を貶めなければ自分たちの立つ瀬がない、これが韓国だ。

これからの反日は中国の覇権と国内の不安定から、中国が反日政策を止めるわけには行かないが
何かの拍子で経済が破綻し、共産党政権が倒されたら中国は必ずしも反日国家ではなくなる
可能性がある、資本主義に移行して文字通りアメリカと世界を二分する民主的な法治国家に
なる可能性は僅かながら存在する。

韓国は反日を止めたら国家のボロが続々と出てくる、慰安婦、竹島、だから韓国は国の
存亡を賭けて反日を止めることは無い。

アメリカが米韓同盟をあまり重視すると逆効果になる、韓国という国と国民性はいまさら
述べる必要が無いくらいの狡猾無比な世界の嫌われ者である、

個別に詳しく述べる機会があれば、また書いてみる。

日向
 

<みっともない>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月19日(水)21時58分6秒
返信・引用 編集済
  確かに、南京大虐殺や従軍慰安婦の虚構をどれほど緻密に暴き出してはみても、中韓サイドに立てば、それぞれに反論、異論はあることだろう。しかしながら、真実がどちらの側にあるかについて第三者が判断する材料は至って素朴なものである。

つまり、どちらの側の国家や国民がより信用に足るのかということだ。国際社会を侮ってはならない。中韓政府がどれほど躍起になって反日プロパガンダに精を出そうと、国民一人一人が国際社会で作り出す評判までをも変えてしまうことはできない。

現在、韓国人の評判はフィリピンですこぶる悪く、中国人の評判はアフリカですこぶる悪い。勿論、彼らの評判の悪さはそれらの国々だけにとどまらないが、大方の国々において日本人の評判が優れているのとは対照的だ。土台、歩んできた歴史の厚みが違うのである。
よって、彼らの反日工作が身を結ぶことは決してないと断言できる。それどころか、これ以上反日プロパガンダに精を出すなら、その反動を彼ら自身が国際社会から受け取ることになるだろう。

実のところ、こうした状況は個人間での人付き合いでも同じである。社会経験に乏しい子供が自己保身のために不仲な友達の悪口を言いふらした挙句、最後は周囲の反発を食らって自らが孤立を余儀なくされてしまう構図そのものだといえるだろう。これこそまさに自業自得。ゆえに、こうした反日宣伝は、国家の戦略としては品位を欠いていて実にお粗末極まりないということができるのだ。
各々の政府にいうべき言葉があるとすれば、「みっともないからおやめなさい」といったところか。

だが、本当にみっともないのは、そうした虚構の自虐史観を真実と思い込んでいる日本人と、それを公的見解とする日本政府の方かも知れない。
 

Re: <ご無沙汰しています>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月16日(日)12時29分13秒
返信・引用
  > No.363[元記事へ]

クロさんへの返信です。

>  「削除」だなんて、とんでもない。願ったり叶ったりであります。
> あちらでは嫌われ者の歴史のおヂイちゃんでさえ、なんと申しましょうか「腐れ縁」があるゆゑ、ごらんの通り晒し者にしてありますですヨ。
>
>  ここでよろしければ、遠慮なくご活用ください。なにせ「無料」で借りておりますから。

ありがとうございます。
お言葉に甘えさせていただきます。
 

<哀れな人々>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月16日(日)12時18分8秒
返信・引用 編集済
  大東亜戦争を侵略戦争と位置づけ、南京大虐殺や従軍慰安婦のごとき虚構を既成事実として論を進める反日日本人の存在程、哀れなものはない。自らの見識、常識が何によって築かれたものであるかの検証を怠り、疑うことすらしないのは無知と怠惰と傲慢の故だが、人は誰しもそうした性質を大なり小なり抱えているものではある。それでも己の見識と異なる意見と接した際、それを新たな視点の獲得として楽しむことができるか否かが、結局は論者の資質を左右するのではないだろうか。優れた資質がありさえすれば、それらの虚構に気づき、真実にたどり着くのはさほど難しくはない。

わが国に根強く横たわる自虐史観は、戦後、米国に対する日本人の怨恨の芽を摘むと同時に、米国の犯した戦争犯罪を正当化することを目的としてGHQによりつくりだされた虚構に過ぎない。彼らは巧妙にマスコミを利用し、教育を誘導してそれを日本人に植え付けてきたのだ。即ち、日本は戦後の長きにわたって戦勝国に真実の歴史を奪われてきたというわけだ。歴史は常に勝者によって書き換えられるもの。故に、かの大戦もまた一方的に侵略戦争であったなどといえようはずがないのである。事実、マッカーサーですら、大東亜戦争が日本の自衛戦争であったことを認めているのだから。

明治維新後、日本が歩んできた戦争の歴史は欧米列強による植民地支配に対する抵抗の軌跡であった。それは必要に迫られたがゆえの選択だったのだ。欧米諸国は奴隷を狩るがごとく弱肉強食の論理そのままに東アジアを植民地化し搾取簒奪を繰り返していたのである。何故日本が徳川統治下の平和な暮らしを捨て、明治維新を経て軍国主義をひた走らねばならなかったかといえば、ひとえにそうした国際情勢があったからだということができるだろう。列強を相手に武器を手にとらねば、日本は他のアジア諸国と同様、欧米からの植民地支配を免れることはできなかったのだ。

幸いにして日本には重厚な歴史と高度な文化があり、それらを背景に多大な犠牲を払って列強の支配に何とか対抗することができた。だが、彼らと覇を競うにはあまりに国土が狭く資源に乏しい国であったがゆえに、資源を求めて広くアジアに進出せざるを得なかったのもまた事実である。それを一方的に侵略と呼ぶのはアンフェアだ。仮に侵略的な側面を否定できなかったとしても、少なくとも日本は欧米のごとき搾取を目的としていたわけではなかった。なぜなら、その根底には欧米支配にアジア一丸となって戦う共存共栄の理念があったからだ。その理念を具現化すべく、日本の統治は各々の地域固有の文化を尊重した教育を推進する傍ら、インフラの整備拡充を図り、東アジアの近代化のための礎を築き上げる努力を怠らなかったのである。それらは大戦後、次々とアジア諸国が独立していった事実が証しているし、日本の功績によって各国の独立が数十年は早まったというのが、独立を成し遂げた国々に共通の歴史認識なのだ。そうした歴史のうねりの中で満州もまた日本統治下に著しく発展し、今日の中国発展の原動力となったことは多くの史家が認めるところで、それは韓国においても然りである。実際、特亜三国を除くアジアの全ての国々が今日も日本を敬い、日露戦争で勝利して白人の猛威に楔を打ち込んだ日本人の偉業を称えている。

結局、大東亜戦争もまた、アジアの一等国日本をくじくべく経済制裁を強いてきた米英に対して避けては通れぬ自衛戦争だったのだ。戦わねば国民が餓えてしまうという切羽詰まった状況がそこにはあったからだ。
つまり、当時から本当に侵略を繰り返していたのは米英の側だったわけである。それが証拠に、今日でも覇権国家アメリカは世界の国々に向けて理不尽な暴力を繰り返している。また、南京大虐殺を主張する中国に至っては、その米国と覇を競うがごとく周辺諸国を侵略、虐殺を続けている。一方、日本はといえば、戦後の焼け野原から短期間で不死鳥のごとく復活するや否や、ODAと称して世界中の開発途上国に資本を投下してその発展を支えてきた。うち中国は被害者を装うことで日本から高額の援助を引き出した国でもあるが、自国民には全くその事実を伝えていないばかりか、未だに反日政策を遂行中だ。こうした現状を鑑みるだけでも、日本と彼らのどちらの側に正義と真実があるかは明らかではないだろうか。

このように、現状から歴史を百年単位で真摯に俯瞰するなら、日本の軍国主義を諸悪の根源とし、その自衛の歴史を侵略だなどと能天気に位置づけることがいかに愚かで無意味であるかがわかるというものだろう。それを外国人が侵略と呼ぶならまだしも、子孫のために祖先の流した血のしみ込んだ大地に暮らす日本人がそのようにのたまうのは、実に罪深いことだと思わずにはいられない。
 

Re: <ご無沙汰しています>

 投稿者:クロ  投稿日:2014年 2月 8日(土)13時17分34秒
返信・引用
  SHOさんへの返信です。

> クロ様、ご無沙汰しています。
> 今日は朝から雪が積もって大変でした。
> おかげで患者さんも少なくて暇を持て余すことに(笑)。
> 桜坂さんの掲示板がなくなって寂しい限りですが、少々書き殴りたい衝動を抑えられなくなったので、ここを拝借させていただければ幸いです。
> 掲示板の趣旨にそぐわなければ、いつでも削除してください。
> ではよろしくお願いいたします。


 ヤッホー! SHOさん、おかへりなさいませ。
つひに、お化け屋敷の”蜘蛛の巣”に引っかかりましたね。

 「削除」だなんて、とんでもない。願ったり叶ったりであります。
あちらでは嫌われ者の歴史のおヂイちゃんでさえ、なんと申しましょうか「腐れ縁」があるゆゑ、ごらんの通り晒し者にしてありますですヨ。

 ここでよろしければ、遠慮なくご活用ください。なにせ「無料」で借りておりますから。

をはり。

?
 

<愛国的か売国的か>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月 8日(土)12時57分52秒
返信・引用 編集済
  本日のネットニュースより

<引用開始>
<米大使館>百田氏発言「大虐殺なかった」に自制促す
毎日新聞 2月8日(土)6時30分配信
 在日米大使館の報道担当官は7日、毎日新聞の取材に、NHK経営委員の百田尚樹氏が東京都知事選の街頭演説で「南京大虐殺はなかった」などと語ったことについて「責任ある立場の人物は、地域の緊張をさらに悪化させるような発言を控えるよう望む」とコメントし、自制を促した。

 百田氏が同じ演説で、原爆投下と東京大空襲を「大虐殺」と位置づけ、東京裁判を「これをごまかすための裁判だった」と主張したことについては「ばかげた意見」と批判した。【古本陽荘】
<引用終了>

百田氏の見解こそ正しい歴史認識だといえる。もともと南京大虐殺は大東亜戦争で米国が行った民間人大量虐殺の帳尻を合わせるために東京裁判ででっちあげられた虚構に過ぎない。無論、立場上、米国側はこうした発言を容認できないのは当然としても、百田氏の発言を支持するマスコミこそ、真に愛国的なマスコミといえるだろうし、逆に百田氏を批判する論調をとるなら売国的ということができるだろう。

中国は、米国のこしらえたこの虚構に便乗し、それを日本から金をむしりとる外交上の切り札として用いてきただけなのだ。ゆえに、日中の軋轢は、米国がその種をまいたものであるという見方ができるのである。
実際、米国は極東アジアが一体となるのを恐れているのだ。ゆえに、南京大虐殺をなかったことにはできないわけである。にもかかわらず、その中国の核兵器を恐れるがゆえに米国の核の傘にすがろうとする人々が一方でいるのは滑稽という他ない。

結局、日本が真の歴史を取り戻すためには、核の傘からの離脱によって日米同盟をより対等にする以外、手だてがないのかもしれない。だが、果たして我々にそれだけの勇気と覚悟があるのだろうか。
 

<核武装に替えて>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月 8日(土)12時53分50秒
返信・引用 編集済
  確かに、独立国家としての矜持を保つべく、不安定な国際情勢を抱える国々が核武装を企図するのが今の時代の趨勢といえば趨勢なのかも知れない。けれども、そもそも核を持つ理由が相手の核を使わせないことを目的とするなら、そのための方法は何も核武装である必要はないわけだ。互いが核を持つようになってしまえば、その先にあるのは文化文明の自滅、いうなれば共倒れである。

核武装は思考停止の産物に過ぎず、発想を柔軟にめぐらせて多方面から目的を達成すべく努力を払う必要があるのではないだろうか。
例えば、世界でもっとも敬愛され、必要とされる国であり続けることは、そのための手段の一つとなり得るだろうし、核を使わせないための国際法を整備拡充するのも良いだろう。近隣諸国に対しては、経済的な互恵関係を緊密にして互いに相手国への攻撃が自国の経済的損失に直結するようなシステムを構築するのも一手である。

ハード面では、特殊なハッキング技術の開発によって敵国のコンピュータに侵入し、核弾頭の起爆装置をコントロールするアイディアも良し。飛来する核弾頭を撃墜するレーザー技術の開発に力を注ぐのも、方向性としては悪くない。実際、理論上とはいえ、核兵器そのものを使用不能にしてしまう技術も考案されており、矛に矛で応じるばかりが全てではなく、盾で応じることを考えてもよいはずなのだ。

そうして生み出されたアイディアの数々は、この血生臭い世界の歴史を変革する原動力となるかも知れないし、そのようなことができる国はまた、日本をおいて他にないことだろう。確かに、弱肉強食こそが今ある世界のスタンダードであるのは間違いがない。しかし、未来の国際社会にとって、そうではない価値基準を世界のあるべき姿として新たに指し示すことの方が、自己保全のために安直な核武装を唱えるより、ずっと意義深いことではないだろうか。

勿論、こうした見解に対し、実効性の有無に懐疑的な意見はあるだろう。しかしながら、実効性が定かでないという点においては、実は核武装にしてみたところで大差はないのである。人類にはすでに核兵器の使用経験があり、相手が核をもっていようがいまいが、やるときにはやる、しかも徹底してやれば反撃の機会を奪うことだってできなくはない・・・などと考えるのが人間だからだ。

つまりは、相手に核を使わせぬための核武装などと言ってみたところで、長期的に時を俯瞰するなら、実効性には懐疑的とならざるを得ないわけである。とすれば、行き着くのはどういう選択に傾注するのが美しく誇らしく生きられる(死ねる)のかという問題だ。ゆえに、核武装断固拒否で良いといえるのではないだろうか。

仮に、やられたときにやり返すための核武装だという威勢の良い話であるなら、わが国が核武装していの一番にやらねばならないのは、米国に借りを返すことだ。けれども、米国も馬鹿ではない。アメリカに核を落とす権利を有している世界で唯一の国がわが国である以上、絶対にそれを容認するはずがないのである。ということは、実現困難という意味でも、愚見と核武装に大差はないといえるだろう。

結局、属国状態らの脱却、真の独立には、核武装を声高に叫ぶより、核の傘からの離脱の方が現実的なのだ。それによって、より対等の同盟を結び得るからだ。真の独立には決死の覚悟が必要不可欠というわけだが、そういうやせ我慢にこそ、日本人的な美しさを感じずにはいられない。
 

<核武装の誤謬>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月 8日(土)12時50分24秒
返信・引用
  戦争に勝つためであるなら、いかなる非道も許されるという合理主義は最終的に核兵器を生み出した。その使用に際しては人道も武士道も全く介在の余地がなく、非武装市民が標的とされる。核兵器こそは近代合理主義の権化にして目的のためには手段を選ばずという退廃のシンボルそのものなのだ。

昨今、ネット上では大東亜戦争をはじめとする近現代史が見直され、中国韓国北朝鮮の日本に対する主張がいかに根拠薄弱で異常であるかが詳らかにされつつあるようだ。その一方、それらの国々からの挑発に応じて、核武装を何の躊躇もなく主張する自称保守派を見かけることも多くなってきた。
日本人としてのアイデンティティーを何に求めるのかという問題でもあるかもしれないが、日本を護持せんと欲するなら、防衛に際しても日本らしい精神のあり方と矛盾しない方法を選択すべきではないだろうか。他者を思いやる惻隠の情と、目に見える森羅万象の移ろいをあるがままに受け入れる無常観こそがその精髄だとするなら、こうした日本精神を喪失した国は、もはや日本と呼ぶにふさわしくないことだろう。

この意味で、日本精神と核武装とは、決して相容れることがないものなのだ。それは原発も同じことである。単に国土と国民の平穏を守ることのみを目的として核兵器を欲するのなら、アメリカの属国などという中途半端な立場でなく、そのままアメリカ領になってしまった方が良いに決まっている。ハワイのごとく、アメリカ合衆国日本州で十分なのだ。日本という国の存在意義を考えるとき、真に日本を守ろうと思うのなら、核武装など絶対にすべきでないという結論に達する。

ただ、誤解のないよう付け加えるなら、この主張は国防の努力を怠ってよいということではない。大事なのは手段を選ぶこと、日本人としての誇りを失わずに済むぎりぎりの選択が何かを考えるべきだということだ。そして、そのための方法は、国家と国民とが核と決別する勇気を示すことによってしか得られはしないことだろう。
 

<ご無沙汰しています>

 投稿者:SHO  投稿日:2014年 2月 8日(土)12時48分51秒
返信・引用
  クロ様、ご無沙汰しています。
今日は朝から雪が積もって大変でした。
おかげで患者さんも少なくて暇を持て余すことに(笑)。
桜坂さんの掲示板がなくなって寂しい限りですが、少々書き殴りたい衝動を抑えられなくなったので、ここを拝借させていただければ幸いです。
掲示板の趣旨にそぐわなければ、いつでも削除してください。
ではよろしくお願いいたします。
 

(無題)

 投稿者:れきしの観察者  投稿日:2014年 1月25日(土)14時39分33秒
返信・引用
  当スレッドの設立に際し、意識した『○○會-掲示板』へのリンクを貼っておきます。

 本スレッドとは比較にならないほどハイレベルな掲示板ですが、こちら『梅酔會(meizuihue)』にて修行を積んで、道場破りに出かけられるとよいでしょう。

 ひひひ。
 

(無題)

 投稿者:れきしの観察者  投稿日:2014年 1月25日(土)12時25分22秒
返信・引用
  <<デモクラシーの要求をも、軍国主義に対する反対をも、社会問題をも、労働問題をも、すべて外来思想という語の下に一括し去ろうとしている一派の人々の考えが、事実に背いていることは、言うまでもなかろう。>>
----------

こうゆう論旨を何故に急に排板となった、かの掲示板でやらなんだのかえ?(笑)
典型的なる戦後のアメリカニズムの外来思想との被害妄想に狐狸かたまる、コリカタマル
(?笑)御仁も御座った。

私はいちのへ旦那にも、神様にも言うた。
狂気を醒ますためには、ええ格好だけでは駄目だ、口は悪くともズバリと言わな
それが本当の親切ばと、かの仁は本当に戦後の混乱期をしらない。国民が庶民が
いかに餓つえ渇望していたか、それを総てアメリカニズムの悪意に仕立てる。
これでは本当の保守ではない、平衡保守でもない、まあ感情保守に近いか?。

これではいらざる反日思想をアメリカ人に植えつけるだけの、本質からはずれた余分ゴト
いや日本にとっては迷惑ゴトだと教えとるのよ、いささか下品な方法でね。
まあ君は60代とふむからいささか違うとは思うがのう~でもクロやからわからんが?。
 

Re: 陳言套語

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 3月10日(土)14時16分55秒
返信・引用
  > No.355[元記事へ]


《前稿のつづき》


 一体、日本人には、事実の如何を顧みないで、勝手次第な独断説を唱え、それがさも明白な事実であるかの如くに説く癖がある。かつて日本と支那とは同文同種の国だというような言葉の流行ったことがある。同文は明らかにウソである。漢文を解する者が日本人の一小部分にあったとて、どうして同文と言い得よう。同種というのは黄色人種とか亜細亜人種とかいう茫漠たる意味で言うならば差し支えなかろうが、その代わり、実際上、何らの意味のない同種である。言語を異にし、習慣を異にし、気風を異にし、生活を異にする日本人が、事実上、同人種らしき親しみを有っていないことは事実ではないか。近頃はまた、日韓人は同一民族だということが言われている。これも学問上まだ肯定せられていないことであるのみならず、事実上、日本人も朝鮮人も相互にそういう感じを抱いていなかったではないか。種々の密接な関係があった上代においてすら、同一民族であるという親しい感情を有っていなかったことは歴史の明らかに語るところではないか。上代に朝鮮半島の全部もしくは大部分が日本に従属していたようにさえ言う者があるらしいが、それが事実でないことは明白である。あるいはまた日本民族は一家族から別れたものであるという。そんなことのあり得べきはずがないことは、少し考えてみれば、直にわかろうではないか。ところが世間では、こういう事実に背いている言説を前提として、だから日支は一致せねばならぬ、だから朝鮮人は日本に服従すべきものである、というような説法をする。よしこの前提が間違っていないにしても、この「ある」から「しなければならぬ」を抽ぎ出すことが、また甚だ怪しい論法であるが、それはそれとしても、前提そのものが既に間違っているのである。日本と支那とが協力すべきものであるならば、それにはそれだけの実際的な理由があるべきはずである。日韓併合にも当時の形勢上、そうしなければならぬ実際上の必要があったからであろうと思う。虚構を基にした空疎な説法をする必要はない。日本は家族制度の国だとか、日本人の国民的精神は『古事記』で定まっているとかいうようなことも、畢竟これと同じ性質のものである。現在の事実、現に人々の心を流れている生きた感情を基礎とせずして、空疎な理窟を構造し、それによって人を支配しようというのは、徳川時代の学者などの通弊であったが、今日でもなおそれが行われている。そんな理窟に何の権威があろう。

 あるいはまた、日本人は日本人として考え、日本人として行動しなければならぬ、というようなことを言う者がある。ちょっと聞くと甚だ実際的の論のようであるが、実はこれほど空疎な言はない。我々が或る考えを抱くのは、自分の現実の生活がそう考えさせるからである。我々が或る行動をするのも、現実の生活がそれを要求するからである。外部から観察すれば、それが自ずから日本人らしい考え、日本人らしい行動であるかも知れぬ。しかし考える者行動する者自身に一々そんな意識があってのことでないことは、明白な日常の事実ではなかろうか。

 しかし日本々々と絶叫する人々の考えに空疎な論が多いと同様、世界の大勢々々と呼号する人々の言うことにも、やはり空疎な点がある。日本の国民生活も世界共通の状態を有っている。だからその点において世界共通の要求を生ずる、というのならば異議はない。が、日本と世界というものを対立させた上で、世界の風潮だから日本もそれに従わねばならぬ、というのならば、それは日本は家族制度の国だから云々というのと大差のない論である。我々は現在の社会や政治の状態に対して大なる不満足を感じ、それを改革しようという強い要求を有っている。欠陥だらけの社会や政治の状態が、我々国民の生活を圧迫し脅嚇するからである。だからこの要求はすべてが自分らの現実の生活そのものから出ている。書物の上から得た知識のためでもなく、異国人の運動のためでもない。ただこの生活と、そこから生ずる内心の要求とが、世界共通の生活状態、従ってそれから生ずる世界共通の要求と一致する時において、始めて世界の大勢ということに、意味が生ずる。大勢に順応するということは、こういう意味からでなければならぬ。その根柢に人間としての共通の要求があることは勿論である。ところが、この点において世間の大勢順応論には頗る曖昧なものがあるようである。例の外来思想論も、その欠陥を見つけて起ったものと言えば言われよう。

 デモクラシーの要求をも、軍国主義に対する反対をも、社会問題をも、労働問題をも、すべて外来思想という語の下に一括し去ろうとしている一派の人々の考えが、事実に背いていることは、言うまでもなかろう。これらはすべて我々の現実の国民生活が生み出したものである。それが定まった形になるについては、知識として与えられた外国人の考えやその運動が資料を供給したことは明らかであるが、我々国民はそういう知識を有っているためにそういう要求をするのではない。我々国民は官僚政治や軍国主義や資本家の跋扈する現在の経済状態に対して、内心から痛切なる嫌厭と不満足とを感ずる。だから、それを改めようとするのである。それは我々の現実の生活が生み出した我々自身の要求であって、決して外人から教えられたのではない。外人から種々の知識を得てはいるが、それとても我々の生きた思想となるについては、自ずから取捨が行われている。即ち我々の内心の要求、我々の現実の感情に適合することのみが了解せられ摂取せられるのである。しかし世間には現在の状態に対して不満足や嫌厭を感じない人々もある。我々が欠陥多しとする政治や社会の状態に順応して生活の便を得ている人たちにこういう傾向のあることも自然である。そういう人たちは我々の思想を了解することができず、我々の要求に共鳴しない。だからそれを外来思想だと考える。これは当然の成り行きであるが、しかし単に知識上の問題としてみると、世界の大勢だから日本もそれに従わねばならぬ、というような空疎な大勢順応説がこういう考えを誘致する一因となったことも事実らしい。もっともこれには歴史的の因襲も幾らか存在する。

 昔、儒教という支那思想が入って来た。これは単に書物の上の知識たるにとどまっていて、国民の実生活とは殆ど交渉のないものであった。だから、それは何時まで経っても外来思想たるに過ぎなかった。今日でもやはり勢力を失った外来思想の名残として、どこかの片隅に余喘を保っている。ところが、自分らの実生活、自分らの生きた思想から、道徳や政治の学問を組み立てることを知らなかった昔の儒者輩は、この外来思想をそのままに受け入れてそれを金科玉条としていた。そうしてそれによって実生活を律しようとした。けれどもそれは到底不可能事である。だから、結果から見れば儒者はただ実生活から遊離している書物の上の知識としてそれを説くにとどまったのである。今日の外来の知識はそれとは全く性質が違っていて、その知識の根柢をなしている実生活そのものに内外共通の点がある。従ってそういう点についての外来の知識は我々の現実の感情と調和する限りにおいて直に実生活に吸収せられ、我々の生きた思想となるのである。けれどもそういう体験のない人たちは、恰も昔の儒教思想と同様にそれを見て、一口に外来思想と考えてしまうのである。思想というもの知識というものが実生活と離れて入ってくると思うのが、儒教を受け入れていた昔からの因襲だからである。そうして彼らがいわゆる外来思想を怖れるのは、そういう実生活に根拠のない知識で実生活を支配しうるものと思うからであって、それもまた昔の儒者と同じことである。

 以上は日本主義また大勢順応主義とも言うべき世論についての僕の陳腐なまた極めて大ざっぱな意見である。だらしなく思いつきを並べたのみで、頭も尾もないものになったが、その点はお許し願いたい。

                          をはり。

 

陳言套語

 投稿者:クロ  投稿日:2012年 3月 9日(金)15時04分58秒
返信・引用
   すっかりご無沙汰してしまった関係で、“荒らし”も寄りつかない普段通りの掲示板に戻りましたね。

 櫻粋會掲示板を覗いたら津田左右吉の名前が出ていた。『陳言套語』(大正九年)という寄稿文があるのでご紹介してみよう。御用学者とはまったく異なる視座が窺い知れて興味深い。

 今なお世間の一隅には、我が国固有の風俗とか固有の国民的精神または国民性とかいうことを高唱している者がある。風俗とか国民的精神とか国民性とかいうものが、昔から今まで動かないで固まっていたものであるかのように聞こえる。が、そんな考えが事実に背いていることは言うまでもなかろう。

 例えば、我が国は家族主義の国であるという。家族主義という言葉の意味は甚だ曖昧であるが、世間で言うところを聞くと、徳川時代に行われていたような家族生活の状態を指すらしい。それならば、それは鎌倉室町時代から徐々に発達し、徳川時代になって出来上がったものであって、決して昔からの有様ではない。上古は勿論のこと、平安朝の貴族どもにおいても、その家族生活は全然いわゆる家族主義とは違ったものであった。また今日の家族生活が徳川時代のに比べて変わって来ていることは、明白な眼前の事実である。こういうように、家族生活の状態は歴史的に変遷して来ている。決して固定したものではない。何らかの形においての家族生活は昔も今もあるが、それは世界の大抵の民族がやはり何らかの形において家族生活をしていると同じほどのことである。

 我が国の大なる誇りとせられていることについても同様である。その形体は同じでも、その内容のなすところの実際の国民の感情は時代時代において変わって来ている。知識としてのその解釈もいろいろであって、古いところですら『古事記』などに説いてあることと、支那の政治思想が入って来てからのとは、全く違っている。今日の我々の生きた感情が『古事記』や支那思想に支配せられていないことは、明白な自己心中の事実である。ただその感情も知識も変化しながら、この形体との調和が失われずに来たのである。そうしてそれはこの形体自身において時勢の推移に順応し得べき特質を具え、また実際、時と共に推し移って来たからである。

 この変遷は決して無意味なものではない。人間は、個人としても国民または民族としても、その生活を維持し開展してゆくために、言い換えると、断えず起って来る環境の変化に順応し、またそれを支配しそれを新しい方向に導いてゆくために、断えず生活そのものを改造してゆく。それが即ち歴史の過程である。生活力の強い人間または国民ほどこの運動が盛んであるので、それが衰えまたは停止すれば、個人としては老衰であり、国民としては亡国である。幸いにして日本人は生きていた。また生きている。過去においては頗る貧弱な生活をして来たものの、ともかくも、こういう歴史を形づくっている。家族制度も種々の政治組織もみなその生活の必要から形づくられ、そうして生活状態の変化と共に、あるいは風習や制度そのものが変化し、あるいはそれが変わった意味に考えられて来るのである。さて過去において変化を経て来たとすれば、現在もしくは未来においてもまた同様でなければならぬ。歴史が停止しない限り、国民が滅亡しない限り、この変化はなくてはならぬ。例えば家族生活の有様は徳川時代に比べて現に大なる変化をなしつつある。あるいは人々がそういう過去の因襲の羈絆(きはん)から脱しようと努めている。それでこそ今の社会が動いているではないか。あるいはまた形体の変わらぬものにおいても精神は変わって来ている。形体は変わっても精神は変わらぬというのは誤りである。新しい国民生活、新しい国民の活動には、新しい国民精神がある。そうしてその変わってゆく精神に順応しうる弾力を具えた形体ならば、精神は無限に変化していっても形体は依然として維持せられる。あるいは旧い形体を断えず新しい精神で活かしてゆくことができる。之に反して今日の守旧主義者はこの形体を少しの弾力もないものにしようとしている。端から見ると甚だ危険である。

 勿論、個人に個性の自ずから生ずる如く、国民にも自ずから国民性が生ずる。そうして、個人について個性の尊重せらるべき如く、国民としてはその国民性を尊重すべき十分の理由がある。しかし、個性があるといっても、そういう特別のものが変転極まりなき日常生活の間に立って始終不変に存在するのではなく、生きた人格によって統一せられ、実際生活において具体的に現れるものであると同様、国民性というものもまたそういう固定したものがあって実生活の変化の上に超然として立ち、実生活の影響を受けずして毅然として存在するというようなものでなく、国民生活そのものに断えざる連続があり、それが一つの生命の流れとして内部的に統一せられていることをいうのである。だから、この個性も国民性も決して、生まれた時から、もしくは国の初めから、出来上がっていたものではなく、長い間の生活の過程、即ち個人なり国民なりの歴史によって、また生活そのものから、生活そのものにおいて、漸次形づくられ、不断に発展しつつあるものである。

 昔、支那流の伝記家が人の伝を立てる時には、必ず幼にして大志ありとか、既に大人の気ありとかいうのが常であって、年をとってからの人物が小児の時に既に完成してたかの如く、そうしてそれが何時も固定しているかの如く、書いたものである。今日ではこんな考えで伝を書く者はあるまい。ただ不思議なことには、国民性とか国民的精神とかいう場合になると、やはりこの筆法でゆく論者が多い。が、今日の国民性が国家統一の初めから完成していたはずのないことは、言うまでもなかろう。のみならず、今日とても我々の国民性は決して完成せられているのではない。限りのない未来を有っている我々の国民にとっては、過去の千四、五百年は、個人に比較して言うと、極めて短い幼童期であろう。さすれば我々の国民性は、これから後の生活において、漸次形成せられ開展せられてゆくべきものである。今日において国民性が完成せられていると思うのは、五、六歳の幼童期に人物が完成せられていると思うのと同様である。こんな未熟な国民性がそのままに固定してよかろうはずがない。短い過去にのみ執着するよりは、無限に長かるべき未来に向かって目を開かねばならぬ。

 我が国の過去に固定した風俗や国民性があるように考え、そうして将来もそれをそのままに保存してゆかねばならぬように思うのが間違いである。ということは、これだけでも明らかであろう。こういう間違った考えを有っている人々は歴史に重きを置いているように自らも思い、人にも思われているらしいが、実は全く歴史を知らぬ者である。少なくとも歴史的発展ということを解しない者である。またこういう人たちは、昔の思想や風俗がそのままに近頃まで行われていたように思っているくらいであるから、現在の新しい思想を考えるについても、それと同じものが昔にもあったように説く。今日の立憲政体は神代史にも現れている我が国固有の政治思想の発現であるという。あるいは、聖徳太子の憲法にデモクラシーの精神があるなどという。まるで昔の時代をわきまえず、その時代の精神をも解せざる者である。のみならず、現在の事実をも知らぬ者である。


《つづく》


 

Re: 「馬鹿」と「利口」の狭間

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 2月 3日(金)08時40分1秒
返信・引用
  クロ様

おはようございます。

> 万人に偉人と賞せられる人々が、挙って「賢者」「聖者」「利口」であったかを考えてみたとき、決してそうではなかろうと思うのです。
> 神仏でもない人間である以上、ときにはウソを吐いたろうし失敗もあったでしょう。
> 特定偉人の生涯のうち或る一部分だけを切り取れば、「馬鹿者」「愚者」「凡夫」「大衆」「庶民」「民衆」と称してよい場面が必ずあったに違いありません。

おっしゃる通りです。
小生の定義はいたって簡単で、何も難しい話をしているわけではありません。
例えば、本当に傲慢な人間は、他人に傲慢だと指摘されても、自分のことを傲慢であるなどとは考えないものです。
謙虚であればこそ、己の傲慢に敏感とならざるを得ません。
同じように、本当の愚人は愚直であることに美徳を感じたりはしないものだと小生は思います。
ゆえに、賢者とは、己の愚かさを悟れる者というわけです。
本当の馬鹿は自分のことを馬鹿だなどとは思わないし、馬鹿でいようと思うこともないでしょう。
 

「馬鹿」と「利口」の狭間

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 2月 2日(木)15時00分12秒
返信・引用
  ☆ SHO 様


 こんにちは。

 他事にかまけてお返事も差し上げず、申しわけありませんでした。

 う~む、「賢者」「凡夫」「聖者」「愚者」「馬鹿」「利口」「大衆」「庶民」「民衆」といった普通名詞を巡って、お互いの認識にズレがあるようですね。

 国語的な意味からすると、

けんじゃ 【賢者】
 1 道理に通じたかしこい人。賢人。⇔愚者。
 2 仏語。善を行い悪を離れてはいるが、まだ真理を悟るにいたらず、
  凡夫の段階にとどまっている者。聖者(しょうじゃ)の下の段階。

ぼんぷ 【凡夫】
1 《(梵)の訳》仏語。愚かな人。
 仏教の教えを理解していない人。異生(いしょう)。
2 平凡な人。普通の人。凡人。

せいじゃ 【聖者】
 1 高い学識・人徳や深い信仰をもつ、理想的な人。
 2 修行を積んだ信仰者。
  特にキリスト教で、殉教者や偉大な信徒のこと。

しょうじゃ 【聖者】
 煩悩(ぼんのう)をぬぐい去り、正しい智慧を得た人。聖人。せいじゃ。

ぐしゃ 【愚者】
 愚かな人。愚人。⇔賢者。

ばか 【馬鹿/莫迦】 ◆「馬鹿」は当て字。
 [名・形動]《(梵)mohaの音写。無知の意》
 1 知能が劣り愚かなこと。また、その人や、そのさま。
  人をののしっていうときにも用いる。あほう。⇔利口。
 2 社会的な常識にひどく欠けていること。また、その人。
 3 つまらないこと。無益なこと。また、そのさま。
 4 度が過ぎること。程度が並はずれていること。また、そのさま。
 5 用をなさないこと。機能が失われること。また、そのさま。

りこう 【利口】
 1 頭がよいこと。賢いこと。また、そのさま。利発。⇔馬鹿(ばか)。
 2 要領よく抜け目のないこと。また、そのさま。
 3 (多く「お利口」の形で)子供などがおとなしく聞きわけのよいこと。
  また、そのさま。
 4 巧みにものを言うこと。口先のうまいこと。また、そのさま。
 5 軽口を言うこと。冗談。

たいしゅう 【大衆】
 1 多くの人。多衆。
 2 社会の大部分を占める一般の人々。
  特に、労働者・農民などの勤労階級。民衆。
 3 社会学で、孤立して相互の結びつきを持たず、疎外性・匿名性・
  被暗示性・無関心などを特徴とする集合的存在をいう。

だいしゅ 【大衆】
 多くの僧の集まり。また、その僧たち。衆徒。だいす。

しょみん 【庶民】
 世間一般の人々。特別な地位・財産などのない普通の人々。

みんしゅう 【民衆】
 国家や社会を構成している多くの人々。世間一般の人々。庶民。大衆。

となっているようです。

 何だか頭がこんがらがりそうですが、私奴の場合は極めて短絡な発想に基づいています。
つまり、「馬鹿」を「愚者」「凡夫」「大衆」「庶民」「民衆」等とほぼ同義に考え、その対極にある「賢者」「聖者」「利口」と区別しているだけです。

 それにしても、日本語というのは難しいですねえ。
「馬鹿」の原意が“無知”とすれば、対義語の「利口」は”“有知(知恵のある人)”乃至“賢いこと”であり、「賢者」を暗示する語ともとれます。
ところが、「馬鹿」は“無知”なるがゆゑに“悪知恵”が働かないし“ずる賢さ”もない。

 何が言いたいかと申しますと、「馬鹿《4》」の範疇になる“バカ正直”とか“クソ真面目”といった、「愚直」な生き方に憧れるんですね。
裏を返せば、「利口」な人、「聖人君子」ヅラをした人が嫌いなんです。
万人に偉人と賞せられる人々が、挙って「賢者」「聖者」「利口」であったかを考えてみたとき、決してそうではなかろうと思うのです。
神仏でもない人間である以上、ときにはウソを吐いたろうし失敗もあったでしょう。
特定偉人の生涯のうち或る一部分だけを切り取れば、「馬鹿者」「愚者」「凡夫」「大衆」「庶民」「民衆」と称してよい場面が必ずあったに違いありません。

 そんなことから、自らを“馬鹿者”と称しているわけであります。
そうすれば、何もしなくとも下へ落ちる心配はなく、努力次第で上があるのみですから。

 

<賢者の選択>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 2月 2日(木)12時45分50秒
返信・引用 編集済
  (愚見の総括です。ご笑覧いただければ幸いです)

多数で議論するのは正しいことだ。しかし、多数決でものごとを決めるのは、必ずしも正しいことではない。通常、最高責任者と呼ばれる者が最終決断を下すなら、多数決は必ずしも必要ないのだが、民主主義においては、その性格上、どうしても多数決を採用せざるを得ない場合がある。その場合、多数決でも比較的正しい判断が下せるような工夫が必要となるだろう。となれば、討議はより開かれた多人数で行い、決定は選ばれし少数の賢者が多数決で行うというのが民主主義の理想ということになるが、もし、それがうまく機能していないとすれば、それは賢者の選定に問題があるからだ。
現状、政治家の選定は資格試験があるわけでもなく、大衆を相手にした人気投票で行われている。政治家は本来、国家の治療家でなければならず、いかに人気があって正義感に燃えていようと、専門知識に欠けた医者に仕事をさせたところで、病が治る道理はない。衆愚の代表が賢者足り得るはずもなく、本当は選ぶ資格と選ばれる資格を厳しく問う必要があるのだ。

しかし、選ばれる資格を学識豊かであることのみにしてしまうのは問題がある。なぜなら、規格外れな人間の方が優れた場合もあるからだ。実際、アウトサイダーの意見というのは時勢を変えてしまう場合がある。もとより、優れたアウトサイダーというのは、表立った社会の評価基準から外れているというだけであって、馬鹿というわけではない。また、知識があるだけで冒険ができない学者のことを指して賢者と呼ぶこともできない。
乱世に有用な人物とは、一見、周囲からは愚者にみえるようでも、本当の愚かさが何であるかを知る賢者、周囲から非常識とそしられることを恐れぬ勇気ある人のことである。常識人が思いつかないことを思いつく発想の豊かさ、それを実行できる行動力、どれをとっても本当の馬鹿にはないものだ。常識人ができないことをやってのけて、しかも成果をあげる人というのは、馬鹿なようにみえても実は馬鹿ではない人なのである。周囲からは後先考えず行動しているようにみえても、本当に後先考えていないのではなくて、普通の人が思う以上のはるか後々が直感的に見えているから、そのように行動しているだけなのだ。

そもそも、賢者の条件とは、己が過ちを犯す不完全な存在であることを心得ていて、過ちを犯したことに気付くことができる人間といえるだろう。即ち、己の愚かさを悟れる者が賢者であるというわけだ。いつでも正しい判断を行えるのが賢者ではあり得ない。逆に、愚者とは己の愚かさを悟れぬ人間である。賢者が指導者である限り、仮に道を違えたとしても、早晩、そのことに気付いて道を正すことができるだろう。“君子は豹変す”のごとく、過ちを犯したことは、その過程を以って教訓とすることができるからだ。
ゆえに、最終判断を多数決に委ねたとしても、賢者によるそれは、不完全な方法であるという認識と合意に基づいて行われるため、その選択が正しかったかどうかを逐一監視して修正を施すというスタンスがとられることになる。
一方、愚者が指導者である場合、道を違えても、なかなかその過ちを認めることができず、傷口は限りなく広がって行くこととなる。反省がないから、教訓もない。教訓がないから、何度でも同じ過ちを繰り返すことになってしまう。

つまるところ、民主主義の課題とは、賢者の選定をいかに行うか、いかなる基準で賢者を選ぶべきなのかという問題である。本当に優れた人物というのは、学歴等の評価基準からは外れていたとしても、時とともにその資質を顕し、それに見合った業績を残すようになるものだ。ゆえに、社会が注意深く見守って賢者を選ぶなら、賢者を見誤ることは少なくなるはずだ。これが、選ばれる資格のみならず、選ぶ資格が厳しく問われるべきであるという所以である。猫にも杓子にも選挙権が与えられた挙句、外国人にまで選挙権を与えようなどという発想は方向性を違えている。のみならず、これまで政治のせの字も知らなかったような人間が突如政治家に立候補してしまうという現象は、迷走する民主主義を象徴するものであるだろう。

大衆とは己の過ちを認めることができず、自分以外に責任の所在を求めがちな人々のことである。大衆は政治がよくならぬ理由を他人のせいにする。やれ官僚が悪い、政治家が悪いという具合だ。そういう人々はまた、次から次へと己以外の敵とも戦わねばならぬ運命にある。目に見える敵が己自身の過去の姿であることに気付けぬ限り、その戦いが終焉を迎えることはない。己の愚かさに気付けないために、広がった傷口も治癒することがないのである。そのような大衆の代表が政治に携わったところで、次から次へと敵と戦わねばならぬばかりで、問題の収束するはずもない。指導者選びを大衆の人気投票で行っている国の政治が少しでも良くなるには、各々自ら、己自身の裡に潜む大衆から脱却せざるを得ないことだろう。

 

<賢者の条件>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 2月 1日(水)08時39分50秒
返信・引用 編集済
  クロ様

おはようございます。

お返事がないのを良いことに、再び賢者の何たるかに思いをめぐらせてみます。
賢者の条件とは、己が過ちを犯す不完全な存在であることを心得ていて、過ちを犯したことに気付くことができる人間であると小生は思います。即ち、己の愚かさを悟れる者が賢者であるというわけです。いつでも正しい判断を行えるのが賢者ではあり得ない。逆に、愚者とは己の愚かさを悟れぬ人間であるということができます。

賢者が指導者である限り、仮に道を違えたとしても、早晩、そのことに気付いて道を正すことができるでしょう。“君子は豹変す”というわけです。過ちを犯したことは、その過程を以って教訓とすることができます。
ゆえに、最終判断を多数決という不完全な選択に委ねたとしても、賢者によって行われるそれならば、良しといえます。
一方、愚者が指導者である場合、道を違えても、なかなかその過ちを認めることができず、傷口は限りなく広がって行くこととなります。反省がないから、教訓もない。教訓がないから、何度でも同じ過ちを繰り返すことになります。

大衆とは己の過ちを認めることができず、自分以外に責任の所在を求めがちな人々のことです。そういう人はまた、次から次へと己以外の敵と戦わねばならぬ運命にあります。
目に見える敵が己自身の過去の姿であることに気付けぬ限り、その戦いが終焉を迎えることはないに違いありません。己の愚かさに気付けないために、広がった傷口も収束することがないのです。
指導者選びを大衆の人気投票で行っている国の政治が良くなるには、各々自ら、己自身の裡に潜む大衆から脱却せざるを得ないことでしょうね。
 

<選ぶ資格、選ばれる資格>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 1月29日(日)09時24分7秒
返信・引用 編集済
  おはようございます。

<前回からの続きです>

おそらく、クロ様がおっしゃりたかったのは、学識豊かであることのみを選ばれる資格にしてしまうのは問題があるということだと拝察いたします。
規格外れな人間の方が優れた場合があるということなのでしょう。
これはおっしゃる通りで、アウトサイダーの意見というのは、時勢を変えてしまう場合もあります。
けれども、優れたアウトサイダーというのは、表立った社会の評価基準から外れているというだけであって、馬鹿というわけではありません。

つまるところ、賢者の選定をいかに行うか、いかなる基準で賢者を選ぶべきなのかという問題です。もっとも、本当に優れた人物というのは、学歴等の評価基準からは外れていたとしても、時とともにその資質を顕し、それに見合った業績を残すようにようになるものではないでしょうか。
ゆえに、社会が注意深く見守って賢者を選ぶなら、賢者を見誤ることは少なくなるはずです。
これが、選ばれる資格のみならず、選ぶ資格が厳しく問われるべきであるという所以です。
猫にも杓子にも選挙権が与えられた挙句、外国人にまで選挙権を与えようなどという発想は方向性を違えているとしかいいようがありません。のみならず、これまで政治のせの字も知らなかったような人間が突如政治家に立候補してしまうという現象は、退廃した民主主義を象徴するものであろうと小生は思います。


 

Re: <クロの卒論から>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 1月27日(金)17時13分18秒
返信・引用 編集済
  クロ様

こんばんは。

> ところが、溢れる知識が却って邪魔して、危険を伴う冒険をしたがらない、というか出来ない。
>  乱世に有為なのは、むしろ馬鹿者と蔑まれる愚者のほうではないでしょうか。
> バカだから後先考えず、常識人が出来ないことを平気でやってのける。

小生の個人的なコトバの定義によれば、知識があるだけで冒険ができない者のことを指して賢者と呼ぶことはできません。 それはただの学者です。
馬鹿の真似ができるのは、馬鹿の何たるかを知る賢者だけであり、優れたお笑い芸人は、本当の馬鹿には務まらぬものです。 乱世に有用な人物とは、一見、周囲からは愚者にみえるようでも、本当の愚かさが何であるかを知る賢者、周囲から非常識とそしられることを恐れぬ勇気ある人ではないでしょうか。
常識人が思いつかないことを思いつく発想の豊かさ、それを実行できる行動力、どれをとっても本当の馬鹿にはないものです。
常識人ができないことをやってのけて、しかも成果をあげる人というのは、馬鹿なようにみえても実は馬鹿ではない人です。
周囲からは後先考えず行動しているようにみえても、本当に後先考えていないのではなくて、普通の人が思う以上のはるか後々が直感的に見えているから、そのように行動しているだけなのかも知れません。


http://

 

Re: <クロの卒論から>

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月27日(金)14時41分56秒
返信・引用
  > No.347[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんにちは。




討議はより開かれた多人数で行い、決定は選ばれし少数の賢者が多数決で行うというのが民主主義の理想ということになるのでしょう。
現状、政治家の選定は資格試験があるわけでもなく、大衆を相手にした人気投票で行われています。

 なるほどねえ。

 実は学生時代、民主主義を金科玉条のように信じていたのは、賢者や聖者と賞せられる人でさえ、神仏でもない唯の人間である以上完全無欠ではあり得ないことに気づかなかったからです。
賢者・聖者ともなれば物事に精通していて、平穏な時代には確かに有為(いうゐ)でしょう。
ところが、溢れる知識が却って邪魔して、危険を伴う冒険をしたがらない、というか出来ない。

 乱世に有為なのは、むしろ馬鹿者と蔑まれる愚者のほうではないでしょうか。
なぜなら、バカだから後先考えず、常識人が出来ないことを平気でやってのける。
事の成否も考えない代わりに、危険を危険と認識してないからこそ出来る離れ業です。

 モノは考えよう、何とかとハサミは使いよう。
愚者だって決して無為ではない、というのが私奴の考え方です。


 ところで昨夜、NHK-BSで“聖徳太子”をやってましたね。
《十七條憲法》のことを《憲法十七條》だって!?
このひと言だけで視るのが嫌になってしまいました。

 はて、デジタル化されてテレビが映らないはずでは?
とお思いでしょうが、何を隠そうパソコン用TVチューナーがバカ安だったので、こっそり購入せしめたのですよ。
そうしたら、ノートパソコン(Panasonic S8)だとOKなのに、メインのデスクトップPC(EPSON MR6000)では真っ黒けで映らない。
何でも、内蔵チップがHDCPに対応してないとか。
そこで、ビデオカード買ってきて差したら今度はパソコン自体が動かない。
電源容量(300W)をオーバーしたらしい。
三年前に買ったのに、もう時代遅れになったということか。

 それで以て、カネが有り余っているので、とうとうパソコンごと買い換えちゃいました。
同じ系統のパソコン(EPSON MR6900)です。
電源容量は450Wに拡大し、CPUは最新のi7-2700K、OSも64bitのWindows7。
快適に動作してくれています。

 まだパソコンの引っ越しが完全に済んでいないので、この投稿は旧パソコンからでした。

おしまひ。


 

Re: <クロの卒論から>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 1月27日(金)09時59分54秒
返信・引用 編集済
  クロ様

おはようございます。

>  「読みたくない」との意思表示(?)でしょうけれども

とんでもございません。
職場のPCは桜板にアクセス禁止処分を受けているのは本当のお話で、アク禁を受けていない自宅のPCの前には、目下ほとんど座る時間のないことはお察しの通りです。

> 根が意地悪な性分ゆゑ、これ見よがしに該当部分をコピペしておきますね。

おかげで助かりました。

>   ① 企業(組織)は人なり。外見でなく、動かす人を見ること。
>   ② 討論は相互理解・相互協力がないと成り立たない。
>   ③ 企業は実践の場であって、論破が目的ではない。
>   ④ 多数決は結論が出ないときの次善の策にすぎない。
>   ⑤ 少数意見であっても、理あれば受け入れるべきである。
>   ⑥ 「権利・自由」を得たければ、表裏一体の「義務・責任」が伴う。

通常、最高責任者と呼ばれる人が最終決断を下すなら、多数決は必ずしも必要がないので、上記⑤が成立いたします。
けれども、民主主義は、その性格上、どうしても多数決を採用せざるを得ない場合があります。
その場合、多数決でも正しい判断が下せるような工夫が必要となりそうです。
となれば、討議はより開かれた多人数で行い、決定は選ばれし少数の賢者が多数決で行うというのが民主主義の理想ということになるのでしょうが、もし、それがうまく機能していないとすれば、それは賢者の選定に問題があるからといえそうです。
よくよく考えれば、現状、政治家の選定は資格試験があるわけでもなく、大衆を相手にした人気投票で行われています。衆愚の代表が賢者足りえるはずもなく、本当は選ぶ資格と選ばれる資格を厳しく問う必要があると小生は思う次第です。

http://

 

<クロの卒論から>

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月26日(木)09時21分57秒
返信・引用
  > No.345[元記事へ]

☆ SHO 様


 おはようございます。

せっかくご紹介いただいたのに、小生、あちらへはアクセス禁止の身分でしたので、このPCからは拝見できませんでした。ちょっと不便ですね~(笑)。

 「読みたくない」との意思表示(?)でしょうけれども、根が意地悪な性分ゆゑ、これ見よがしに該当部分をコピペしておきますね。

クロ 投稿日時: 2007-8-19 20:30
No.97410: 38年前の「卒業論文」から

第四章 討議法における民主主義

第二節 民主主義と討議法の関係

① 民主主義の教育的課題

 民主主義が今日の社会における理想的形態であることは、誰しも疑う余地のないところである。しかるに、今日、民主主義社会を名のる国ぐにが多いなかにあって、それが真の民主主義であるかと問えば、はなはだ疑わしい。そんなことは、民主主義がいまだに理想的状態に達することなく、発展段階にあることをみてもわかる。それは、民主主義そのものに対する考え方から生じた社会的混乱もさることながら、民主主義社会においてきわめて重要である社会的自覚・責任感などを欠くところの人間の本質的な利己主義によるところが大きい。ここに、政治的権力はともかく、教育に課せられた重大な任務を考えなおさなければならない事態を痛感するのである。つまり、人間の利己主義的な、社会的自覚や責任感の欠如といった民主主義社会の形成をはばむ要因をとりのぞき、真の民主主義実現に近づくためには、教育をおいてほかにはないのである。

 それでは、真の民主主義とはいったいどのようなものであろうかといえば、それは個人の人権・立場を尊重し、個性の伸長を目的とするものであって、自由と平等の原則のうえになりたつものである。そのためには、人間相互の理解と協力の精神に立脚した社会生活を営むものでなければならない。この真の民主主義をめざして、総力を結集して教育活動に専心従事する必要にせまられているのである。

② 討議法と民主主義の接点

 そうしたなかで、討議をおこなうにあたっては、個人の人格および立場を尊重することが一つの条件となる。すなわち、この条件を無視してしまえば、討議は醜悪なものとなり、教育的効果を得るどころか、討議そのものが成立しなくなってしまうのである。この意味において、討議をささえているのが、個人の人格および立場の尊重という相互理解の原則にたつもので、これがまさしく民主主義の基本精神であって、いってみれば、民主主義が討議をささえていることになる。裏をかえせば、討議が民主主義社会の実現に貢献しているのである。

 討議をもっと教育学的な視野で考察するなら、討議される内容もさることながら、それよりも、教育方法としての討議が重要な意味をもつ。つまり、討議がどのような過程を経ておこなわれていくのかという討議のプロセスに注目が集中する。それは、いかに民主的におこなわれているというかにかかっているといってもよいだろう。それなのに、企業内教育訓練の方法として用いられている討議法においては、この討議のプロセスに注目してとりあげられたというよりは、むしろ、利潤追求のための間接目的としての生産性向上をはかるために、討議によって、直接現場に起こる問題とか、起こりそうな問題について意見を広く集めようとするために導入されたといってよい。しかし、討議法の導入原因がどのようなきっかけによるものであるにせよ、討議をおこなうにあたっての民主主義の原則を切り離すことはできないのである。企業の社会的責任は、その主要な部分が安価で、しかも立派な製品をもって消費者へのサービスをおこなうことにあるわけであるが、副次的な社会的責任として、従業員・労働者に対する産業社会人としての教育を忘れてはならない。その一端は、労働組合によるものであることが必要なのに、現状ではほとんど企業にまかせて責任をおしつけているありさまである。産業社会人の育成、すなわち、民主主義社会に対応する社会人の育成である。討議の過程が、民主主義の過程の原則であるならば、企業は討議形式による教育を通して、民主主義社会に対応する社会人を育成していることになるのである。もちろん、企業にとっては、民主主義における社会人の育成を目的として討議をおこなっているわけではなくて、利潤追求の一手段として用いているにすぎないことは、すでに何度も論述を展開してきたところであるが、その理由はともかく、企業が討議を通じて、民主主義社会に対応していく人間を育成する結果となっていることにはかわりがないのである。討議が民主主義と結びついているのは、このように、その内容よりも、むしろ、その過程における民主主義的な要素が必要であることによるのである。


第三節 討議法における民主主義

① 討議法の相互理解の原則

 討議法が民主主義の精神のうえになりたっていることは、前節において展開してきたとおりである。企業の経営的な立場からみれば、なるほど、討議法が利潤追求に直接結びついた問題に対する意見を聞くことにその意義があるといえるのであるが、これを広く社会的な視野でながめるならば、むしろ、教育方法としての討議のプロセスにその意義を見出すことができる。つまり、参加者相互の理解と協力によってすすめられていくという原則である。これこそ、まさに討議法における民主主義というべきであろう。この相互理解と相互協力の精神は、民主主義社会を推進してゆくために欠くべからざる要素であって、きわめて目立たぬ存在ではあっても、なにがしかの有意義な結果をもたらすものである。

② 人間関係と話し合いの原則

 さきに、経営戦略的な見方をすれば、討議の過程よりも、討議の内容に意義があることを述べたが、今日、人間関係の促進のためにはその民主主義教育的な討議の過程にもより注目すべきだ、との傾向がみられるようになっている。企業は生産機械の組織ではなければ、ましてやコンピュータ社会でもない。それは、まさしく人間の組織体にほかならないのである。人間社会において人間関係が生じるのはいうまでもないことであり、人間の組織体としての企業にあっては、この人間関係を切り離して考えることはできない。それどころか、企業にとっては、利潤追求といった面でとらえてみても、人間関係ほど重要なものはないといえる。すなわち、企業を動かしているのが人間であり、今日のように生産部門の専門分化が進展すると、旧来のような一人の職人によって製品が生み出されるのではなく、各労働者が一つの生産部門を請負うかたちとなっているだけに、人間の疎外感を誘発しやすい状態であって、生産性向上をはかる意味からも、各個人が人間的接触を保つことは必要かつ重要な要素となる。このような、一人個人としてでは企業のなかで単なる歯車か部品にすぎないと考えるところに現代社会における人間疎外の流行語を生みだす一面があるわけで、人間尊重の道義的な精神からも、社会的な義務としての労働者・従業員の間でのコミュニケーションが必要なわけであって、よりよい人間関係が望まれるのである。経営者側にとってみれば生産性向上のためであり、労働者・従業員の側からは職場生活、ひいては社会生活の問題であって、それぞれの立場が異なるにしても、人間関係の重要性には変わりがない。よりよい人間関係をつくることは、すなわち民主主義の実現と結びついてくるのである。

 このような状況から、討議法の民主主義的な側面に注目が集められてくる。討議といえばあたかも自分の意見をもって相手を負かすことのように考えられがちであるが、真実においてそのようなことはなく、相互理解と相互協力のうえにたつ、自由な意見の交換である。この原則を失なえば、もはや討議ではなく、教育的意味もなくなってしまう。相互理解と相互協力の精神は、相手の意見を尊重しうけいれるところに生かされているわけで、よく民主主義とは話し合いの原則であるといわれるのは、このような討議のもつ性格からきているのである。


③ 討議法における非多数決主義

 企業内教育訓練としての討議法は、多数決主義を否定するものである。というのは、企業内の実務に結びつく問題を討議するという性格上、多数決万能主義は許されないのである。すなわち、真理とは必ずしも多数意見のなかから導きだされるものではない。そこへもってきて、企業は理想を追い求めるものではなく、常に実際的な真理を生産に結びつけるものであることから、多数決は考慮されないのである。企業の本質は、真理を探究してこれを実践に結びつけるのであって、そのためにこそ討議の機を設けてある。いわば、企業内教育訓練としての討議の宿命であり、ここでは多数か少数かなどは問題ではなく、その意味で多数決主義を否定する立場にある。

 民主主義を名のる現代社会にあって、多数決こそ民主主義の原則であるかのように考えている者はおどろくほど多くにのぼっている。しかしながら、はたして多数決主義が民主主義の精神にもとづくものであるかといえば、はなはだ否定的にならざるを得ない。多数意見が必ず真理をつく正しいものであると誰がいえようか。それは、むしろ民主主義を危機におとしいれるものであるとさえいえる。民主主義の根本理念は、多数決主義ではなく、ましてや多数による横暴でもない。それは、人間相互の人格および立場を尊重するという相互理解と相互協力の精神に基づくものである。今日のような多数決主義の横行は、まさに民主主義の本質がみきわめられず、未完成のものであることを思わせる。こうした状況のなかにあって、企業内教育訓練における討議法は、真の民主主義実現を暗示する一つの光であるともいえる。それだけに、今後の発展が期待されるわけである。
                 (以上、原文のまま 抜粋完)

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 牛のヨダレみたいな駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。何を言いたいのか、自分でもわからなくなるほど回りくどい表現ですが、実は、原稿用紙百枚程度に纏める条件があって、膨らし言葉で字数を埋めるのに精一杯だったんですね。語彙不足も露呈してしまいました。下手な字を隠してくれたパソコンさんには感謝です。

 言いたかったことを箇条書きで要約します。

  ① 企業(組織)は人なり。外見でなく、動かす人を見ること。
  ② 討論は相互理解・相互協力がないと成り立たない。
  ③ 企業は実践の場であって、論破が目的ではない。
  ④ 多数決は結論が出ないときの次善の策にすぎない。
  ⑤ 少数意見であっても、理あれば受け入れるべきである。
  ⑥ 「権利・自由」を得たければ、表裏一体の「義務・責任」が伴う。

をはり。

 

Re: <十七條憲法>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 1月26日(木)08時40分55秒
返信・引用
  クロ様

おはようございます。

>  が、社会人になって現実世間の荒波に揉まれるようになると、多数決の矛盾がわかってきて、あっさり転向しちゃいました。
> その卒論の一部は桜板で採り上げたことがありますので、読みたくもないでしょうがリンクを貼っておきますね。

せっかくご紹介いただいたのに、小生、あちらへはアクセス禁止の身分でしたので、このPCからは拝見できませんでした。ちょっと不便ですね~(笑)。

>  第一分冊は所謂平安時代までですが、「支那思想及び仏教思想」「恋愛観」「自然観」「国と家との観念」など、興味深い章があります。
>  これらについても、追々採り上げてみたいと思います。

小生がお相手するだけでは物足りないかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
 

Re: <十七條憲法>

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月25日(水)15時20分26秒
返信・引用
  > No.343[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんにちは。


日本人は、かつても、そして今日も、調和を重んじる国民性を有しているように思います。
逆に、調和を軽んじる人々は、日本人とは呼べないかも知れないというほどです。

 まったく同感であります。
《以和爲貴》を読み下すと、《和(やはらぎ)を以て貴しと爲す》なのだそうですね。
そして「たふとし」の部分が、“尊”でなく“貴”という漢字であるところに注目したいです。
つまり、「和(やはらぎ)」に対し、人為で何とかなる“尊重すべき”段階を超え、失くしたら大変なことになる“貴重なもの”として、太陽や空気と同じ次元にまで価値を高めていたことが窺えます。


多数で議論するのは正しいことです。しかし、多数決でものごとを決めるのは、必ずしも正しいことではないと小生は思う次第です。

 実は学生時代、「企業内教育」(社員教育)をテーマにして拙い卒論を書いております。
担任教授が柔道部監督(関係ないけど)で、多数決に懐疑的な先生でした。
ただ、何としても卒業させてもらわなければならず、民主主義に於ける多数決の論理を否定的に捉えて書き上げました。
無論、教授からは過分な評価を頂戴しましたけど、何だか後ろめたい気持があったのも事実です。
当時は何の疑問もなく、民主主義を最高のものと崇めていましたから。

 が、社会人になって現実世間の荒波に揉まれるようになると、多数決の矛盾がわかってきて、あっさり転向しちゃいました。
その卒論の一部は桜板で採り上げたことがありますので、読みたくもないでしょうがリンクを貼っておきますね。

     『桜教育再生会議』


 ところで津田師の御本、書物名からして『文学に現はれたる』の枕詞が付いているとおり、文学に観る《国民思想》の追究でしょうから、文士でない当時の支配層には手厳しいですねえ。
 第一分冊は所謂平安時代までですが、「支那思想及び仏教思想」「恋愛観」「自然観」「国と家との観念」など、興味深い章があります。

 これらについても、追々採り上げてみたいと思います。


では、また。


 

Re: <十七條憲法>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 1月25日(水)08時51分46秒
返信・引用 編集済
  クロ様

おはようございます。

>  和を以て貴しと為す(以和爲貴)
>  既に結論めいたものが出ていたわけですが、《日本人の国民性》を煎じ詰めると、どうしても此処へ行き着くような気がします。

おっしゃる通りですね。
日本人は、かつても、そして今日も、調和を重んじる国民性を有しているように思います。
逆に、調和を軽んじる人々は、日本人とは呼べないかも知れないというほどです。

> 二、心から三宝を敬いなさい。三宝とは仏法僧のことです。人生、生老病死の間で最後に行き着くところは。どこの国でも究極の宗教です。どの時代でも、どんな人でも仏教を尊ばないものは無い。人間に悪人は少ない。良く教えれば宗教に従う。仏教に帰依しないで。何で曲がった心を正すことが出来ようか。

憲法の条文に宗教への帰依が謳われているわけですが、法的拘束力に限界があることを知るなら、これは当然のことだといえるでしょうね。
互いの生存権を確保することのみを絶対正義として編みこまれた法律など、信仰心のない人間にとってはどこまでも笊。法に触れないことを理由にすれば、目的を遂げるために手段を選んだりはしないものです。そういう輩を取り締まるためには、それこそ無限に法律の条文を増やす必要が生じるので、人々は窮屈になっていくのを避けられません。
結局、聖なるものとの絆を断ち切った人間社会は、どこまでも退廃していく運命にある。
唯物論や科学合理主義といった、目に見える存在のみを全てと考える現代信仰に陥ってしまえば、道理を見失ってしまうのは当然の結果です。

> 九、言葉と心が一致して正しく行うことが基本です。

想いとコトバと行動を一致させる。これは大変難しいことですが、一番大切なことですね。

> 十、いきどおりを絶ちいかりを捨て。人が従わないことを怒らない。

寛容であることを説いた条文ですね。素晴らしい。

> 十四、聖人賢人を得られなければ。如何にして国を治めるか。

民衆は賢者に、賢者は聖者に従う世こそ理想です。

> 十七、事件を一人で決定してはいけない。必ず多数の者で良く議論しなさい。小事は簡単です。必ず多数の者でしてはいけない。大事を議論するときは。過ちが有ると疑う様にしなさい。多数の者と一緒に分別すれば。説明の言葉はそのまま道理を表わそう。

多数で議論するのは正しいことです。しかし、多数決でものごとを決めるのは、必ずしも正しいことではないと小生は思う次第です。
 

<十七條憲法>

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月24日(火)14時11分33秒
返信・引用
  > No.341[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんにちは。

 《日本最初の宗教戦争》とか《神道が景教を取り込んだ》といった観方には自分なりの異見がありますが、《宗教と信仰は同義ではない》とおっしゃる点については同意です。
 何せ特定宗教・宗派の信徒でない私奴の心中にも、自分だけの神様(普通名詞)や仏様はおわしますから。

もとより、信仰が伝統化して宗教になってしまうと、必然として垣根が生じてしまい、垣根の内側と外側で軋轢が生じるのを避けられません。平和的な気質を受け継ぐ民族であればこそ、そうした軋轢を嫌うはずで、わが国にいかなる宗教も形式儀式以上に根付かなかったのは、その故ではないでしょうか。
四方を海に囲まれ、外敵の脅威にさらされることの少なかったわが国においては、垣根を以って外敵にあたる感覚が乏しく、むしろ争いの種をいかにして避けるのかに敏感であったに違いありません。宗教の相違を教義の違い、あるいは神様の違いとして受け止めるよりは、形式、儀式の違いとして受け止める方が、はるかに平和的で、争いの種をつくらずに済みます。ゆえに古来より習合が繰り返されてきたのではないでしょうか。和を以って尊しとなすというわけです。

   和を以て貴しと為す(以和爲貴)

 既に結論めいたものが出ていたわけですが、《日本人の国民性》を煎じ詰めると、どうしても此処へ行き着くような気がします。
ただ十七条憲法自体、聖徳太子存命時の原本なり写本が遺されてないらしく、百年後の『日本書紀』での引用が初出ということですから、史実かどうかの吟味も必要でしょう。
それに、誰に向けられどう解釈するかによっても、大きく観方が変わってくるかもしれません。

 おおかた支配層(官僚・貴族)向けの憲法と観るのが一般的ですが、百姓の字を“おほみたから(=国民)”と読ませるところから、必ずしもそうとは言えないようです。

夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親肇作憲法十七條。

一曰、以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。以是、或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成。

二曰、篤敬三寶。々々者佛法僧也。則四生之終歸、萬國之禁宗。何世何人、非貴是法。人鮮尤惡。能敎従之。其不歸三寶、何以直枉。

三曰、承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆臣載。四時順行、萬気得通。地欲天覆、則至懐耳。是以、君言臣承。上行下靡。故承詔必愼。不謹自敗。

四曰、群卿百寮、以禮爲本。其治民之本、要在禮乎、上不禮、而下非齊。下無禮、以必有罪。是以、群臣禮有、位次不亂。百姓有禮、國家自治。

五曰、絶饗棄欲、明辨訴訟。其百姓之訟、一百千事。一日尚爾、況乎累歳。頃治訟者、得利爲常、見賄廳讞。便有財之訟、如右投水。乏者之訴、似水投石。是以貧民、則不知所由。臣道亦於焉闕。

六曰、懲惡勸善、古之良典。是以无匿人善、見-悪必匡。其諂詐者、則爲覆二國家之利器、爲絶人民之鋒劔。亦佞媚者、對上則好説下過、逢下則誹謗上失。其如此人、皆无忠於君、无仁於民。是大亂之本也。

七曰、人各有任。掌宜-不濫。其賢哲任官、頌音則起。姧者有官、禍亂則繁。世少生知。剋念作聖。事無大少、得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此國家永久、社禝勿危。故古聖王、爲官以求人、爲人不求官。

八曰、群卿百寮、早朝晏退。公事靡監。終日難盡。是以、遲朝不逮于急。早退必事不盡。

九曰、信是義本。毎事有信。其善悪成敗、要在于信。群臣共信、何事不成。群臣无信、萬事悉敗。

十曰、絶忿棄瞋、不怒人違。人皆有心。々各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理、詎能可定。相共賢愚、如鐶无端。是以、彼人雖瞋、還恐我失。、我獨雖得、從衆同擧。

十一曰、明察功過、賞罰必當。日者賞不在功。罰不在罪。執事群卿、宜明賞罰。

十二曰、國司國造、勿収斂百姓。國非二君。民無兩主。率土兆民、以王爲主。所任官司、皆是王臣。何敢與公、賦斂百姓。

十三曰、諸任官者、同知職掌。或病或使、有闕於事。然得知之日、和如曾識。其以非與聞。勿防公務。

十四曰、群臣百寮、無有嫉妬。我既嫉人、々亦嫉我。嫉妬之患、不知其極。所以、智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以、五百之乃今遇賢。千載以難待一聖。其不得賢聖。何以治國。

十五曰、背私向公、是臣之道矣。凡人有私必有恨。有憾必非同、非同則以私妨公。憾起則違制害法。故初章云、上下和諧、其亦是情歟。

十六曰、使民以時、古之良典。故冬月有間、以可使民。從春至秋、農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。

十七曰、夫事不可獨斷。必與衆宜論。少事是輕。不可必衆。唯逮論大事、若疑有失。故與衆相辮、辭則得理。

一、調和する事を貴い目標とし。道理に逆らわない事を主義としなさい。人には皆仲間がいるが。道理に通じている人は少ない。それで天子や父に従わない者があり。たちまち隣り里へ立ち去る。しかし、天子が調和して臣下の仲が良いと。事を議論するに調和する。それで事の道理は自然にゆきわたる。何事も出来ないものは無い。

二、心から三宝を敬いなさい。三宝とは仏法僧のことです。人生、生老病死の間で最後に行き着くところは。どこの国でも究極の宗教です。どの時代でも、どんな人でも仏教を尊ばないものは無い。人間に悪人は少ない。良く教えれば宗教に従う。仏教に帰依しないで。何で曲がった心を正すことが出来ようか。

三、天子の命令を受けたら必ず恭しくしなさい。天子は天なり。臣下は地なり。天は地を覆って。四季が順調に経過し。万物の霊気がゆきわたる。地が天を覆うことを望めば。道理が破れる。それで天子の言葉に臣下は従う。天子が道理を行えば臣下はなびく。だから天子の命令を受けたら必ず注意深くしなさい。恭しくしなければ自然に破れます。

四、公家百官は。真心を持って行うを基本としなさい。民衆を治める基本は。必ず真心を持って行う事です。天子が真心を持って行わなければ臣下は調和することがない。臣下が真心を持って行わなければ必ず道徳に反する事がある。それで公家衆が真心を持って行う事あれば。公家の上下の行いが乱れる事が無い。百姓が真心を持って行う事あれば。国家も自然に治まります。

五、飲食を貪る事を絶ち、他の欲望を捨てて。訴訟をはっきりと区別しなさい。百姓の訴えは。一日に千件あります。一日でさえそうなのに。永年にわたり訴訟を治める者は。利益を得る事を常にしている。賄賂を貰っては裁きをゆるす。すなわち財産を有する者の訴訟は石を水に投げるように易しい。貧乏な者の訴訟は水を石に投げるように難しい。このように、貧乏な民衆は頼りにするものが無い。臣下の道徳もここに欠けている。

六、悪行を懲らしめて善行を勧めるは。昔からの良い手本です。これで人の善行が隠れる事が無い。悪行を見たら必ず正しなさい。へつらい欺く者は。国家を覆す鋭い器具です。人民をほろぼす鋭い釼です。またへつらい媚びる者は天子に臣下の過ちを良くつげる。臣下に逢うと天子の度をこすをそしる。この様な人は天子に忠誠が無く。民衆に対して慈しみの心が無い。これは大きく乱れる原因です。

七、公家は各々職掌に任命されている。道徳に背かない様にしなさい。賢く才知が有る人が任官する時に。天子を褒め称える声が沸き起こる。邪悪の者が官に任命されていると。禍や乱れがしばしば起こる。世の中に生きていて道理を知る者は少ない。強く心に思えば物事の道理に通じた者となる。事を行うに大事、小事の区別は無い。適任者を任命すれば必ず治まる。行う期間に至急ものんびりも無い。賢者にめぐり合うと自然にゆとりが有る。これにより国家は永久に続く。国家の最も重要な守り神が危うくなる事は無い。だから昔の聖王は。官のために賢者を求めた。人のために官を求めない。

八、公家百官は。朝早く出仕して遅く退出しなさい。公の事は念入りにしっかりやらなければならないから。仕事はその日に終わる事が難しい。それで遅く出仕して。速くやらなければ追いつかない。早く退出すれば必ず仕事は終らない。

九、言葉と心が一致して正しく行うことが基本です。仕事毎に誠実に行いなさい。善悪の裁きこそは。誠実である事が肝心です。公家衆ともに誠実であれば。何事も出来ないものは無い。公家衆に誠実さが無ければ。総ての仕事に失敗する。

十、いきどおりを絶ちいかりを捨て。人が従わないことを怒らない。人には皆それぞれの心が有ります。心は各人思いとらわれるところが有ります。彼は我では無く。我は彼では無い。我も必ずしも物事の道理に通じた者では無い。彼も必ずしも愚か者では無い。共に凡夫なばかりです。これが道理で無くて、どんな定めが出来ようか。お互いに道理に通じた者でもあり愚か者でもある。まるで金輪に端が無いように。それで彼が人を怒る事が有っても。顧みて我がしくじりが無いか心配しなさい。我一人が適任と考えても。皆に合わせて同じ様に用いなさい。

十一、手柄と過ちをはっきり見ぬいて。罰と賞をきちんと当て嵌めなさい。日頃は手柄でもないのに賞を与え。罪も無いのに罰している。仕事に就いている公家衆は。賞と罰を明瞭にしなさい。

十二、国司国造は。百姓を自分のために取り立ててはならない。国に二人の天子無し。民衆に二人の主君無し。国中の総ての民衆は。王を主君としている。赴任する役所の役人は。皆な王の臣下です。何で敢えて公と同時に自分の為に租税を割り当てて取り立てる必要がありますか。

十三、諸々の仕事に任命された役人は。共に職務として担当する役目をわきまえなさい。或る人は病気になり、或る人は遠國に使いとして派遣されて。仕事から除かれている事がある。そうであれば役目を知った日から。以前から承知していたように調和しなさい。一緒に告げ知らせられないからと。公の務めを妨げてはいけない。

十四、公家百官は嫉妬する事無用です。我れが人を嫉めば人も我れを嫉む。嫉妬の悩みはその限度が無い。だから知識が自分より勝っている人を喜ばない。才能が自分より優れた人を嫉妬する。それで五百年の後の。その時に賢者に遇ったり。千年後に一人の聖人に遇うのを待ってはいられない。聖人賢人を得られなければ。如何にして国を治めるか。

十五、私心を捨て公務に従うは。臣下としての道徳です。誰でも私心が有れば必ず後悔します。心残りに思う事有れば必ず心が一つでなくなる。心が一つでなければ私心が公務を妨げる事になる。無念な気持ちが起こると決りに従わず法を破る事になる。だから最初の条文に述べた。天子も臣下も仲良くするとは。このところの心を云ったものです。

十六、民衆を使役するに季節を選ぶは。昔からの良い手本です。冬の月は閑が有るので。民衆を使役しなさい。春から秋までは。農業、養蚕の時期です。民衆を使役してはいけない。農業をしなければ何を食べますか。養蚕をしなければ何を着ますか。

十七、事件を一人で決定してはいけない。必ず多数の者で良く議論しなさい。小事は簡単です。必ず多数の者でしてはいけない。大事を議論するときは。過ちが有ると疑う様にしなさい。多数の者と一緒に分別すれば。説明の言葉はそのまま道理を表わそう。

 まあ、実行できるかどうかは別として、現代日本人であるわたくしとしても、さして違和感のない“憲法”ではあります。

 

<和を以って尊しとなす>

 投稿者:SHO  投稿日:2012年 1月24日(火)09時43分30秒
返信・引用 編集済
  クロ様

おはようございます。
歴史に疎い小生ゆえ、気の利いたコメントができず申し訳ありません。
それでも、思いつくままに愚見を述べてみたいと存じます。

一説によると、蘇我氏は仏教派であり、神道派の物部守屋の一族を滅ぼしたのが、日本最初の宗教戦争であったのだそうです。仏教は自然に根付いたのではなく、武力で国教とされたのだと。日本書記によれば、聖徳太子は仏教派として物部氏と戦ったとありますが、しかし聖徳太子は、自身は蘇我氏に暗殺された疑いがあり、その子孫もまた蘇我氏によって滅ぼされています。ゆえに、聖徳太子が本当に仏教の功労者であったかどうかは定かでなく、仏教の聖人として祭り上げられたのは、その怨霊を鎮めるためであったのだとか。
しかも、仏教伝来以前にあった日本神道は、中央アジアからの移民である秦氏の伝える景教を既に取り込んでいたのだそうで、実は聖徳太子は秦氏とゆかりがあったのではないかというのです。景教は、東方に広がったネストリウス派キリスト教で、その儀式や伝統は古代ユダヤ教の特徴を備えていたといいます。
ザビエルが日本にキリスト教を伝えるはるか以前、神仏習合に先行して既に神道とキリスト教との習合が行われていたとする俗説で、ネタ元は、<日本・ユダヤ封印の古代史2「仏教・景教篇」>です。

その見方が正しいかどうかはさておき、もともとユダヤ教といわれる宗教の奥深くにある信仰の起源も、古代インドに遡れそうなので、宗教はどれも根が皆同じであると小生は愚考しています。
宗教というのは信仰が伝統化、様式化したものであり、宗教と信仰とは同義ではありません。信仰というのは存在理由を示す道理であり、哲学思想であるため、当然ながら、その理解には意識の発達の程度に応じた個人差が生じます。
ということは、特定の宗教が流入したとしても、その最深部である哲学的側面の理解は、受け手の意識の発達の如何によって異なってくるわけで、庶民に広く行き渡るのは表面的な儀式や作法を中心とした形式が主となるものです。
外来宗教の教えは、その国民の気質に合致したものだけが受け入れられるのは当たり前なのであって、表面的な形式しか国民文化に根付かなかったとしても、それを以って本来有していた信仰が幼稚であったかどうかを探ることはできません。

もとより、信仰が伝統化して宗教になってしまうと、必然として垣根が生じてしまい、垣根の内側と外側で軋轢が生じるのを避けられません。平和的な気質を受け継ぐ民族であればこそ、そうした軋轢を嫌うはずで、わが国にいかなる宗教も形式儀式以上に根付かなかったのは、その故ではないでしょうか。
四方を海に囲まれ、外敵の脅威にさらされることの少なかったわが国においては、垣根を以って外敵にあたる感覚が乏しく、むしろ争いの種をいかにして避けるのかに敏感であったに違いありません。宗教の相違を教義の違い、あるいは神様の違いとして受け止めるよりは、形式、儀式の違いとして受け止める方が、はるかに平和的で、争いの種をつくらずに済みます。ゆえに古来より習合が繰り返されてきたのではないでしょうか。和を以って尊しとなすというわけです。
 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月20日(金)18時08分52秒
返信・引用
  > No.339[元記事へ]


《 №339の続き 》

 異国の宗教たる仏教が当時の支那的文化の一現象であつたことはいふまでも無からう。漢訳せられた経論によつて得られる教理の修得に支那文学の知識がなくてはならぬことは固より、寺院殿堂の建築、仏像の彫刻絵画、または法会の音楽儀式などには、韓人もしくは漢人によつて伝へられた特殊の技術が要る。百済を経由したものが支那から直接に伝へられるやうになり、新しい宗派と新しい技術とが加はつて来ると共に、仏教と支那文化との関係は益々密接になるのみであつた。そうして、政府から国民を教化し中央の権力を地方に及ぼさうとする当時の支那的政治主義の政府は、此の仏教を国教として、官府の権威を以て民間にも地方にもそれを弘めようとしたので、例の国分寺の設立によつて其の形式が整備した。これは宗教であるだけに、国司によつて代表せられる政治的権力に伴つて弘められた支那的文化よりも、寧ろ多くの効果を各地方に及ぼしたらしい。地方から名ある僧侶の出たことなども、此の点から見ると無意味のことではない。しかし其の効果も、国民道徳を向上させるとか宗教心を高めるとかの点では無く、寺を建てるとか仏像を礼拝するとか、但しはそれに伴つて支那の文字の知識を与へるとかいふ方面のことであつて、宗教としてはやはり外面的の、いはゞ浮華の、一面に過ぎなかつたことは、支那文化と同一である。

 政府はかういふ風に支那の文化や仏教を学び又伝へたけれども、其の伝習し得た異国思想はやはり何処までも異国思想であつて、国民の実生活から遊離してゐるものであつた。此の点に於いてもまた当時の有様は、現代(註;大正時代)の日本人が欧州の思想を伝へつゝあるのとは甚だ趣を異にしてゐる。現代では国民の実生活そのものが、欧州、むしろ世界一般の風潮と接近しつゝある。日本人は現代の科学によつて発達した物質的文化を悉く学んで其の賜を享受してゐる。従つて経済生活の上に於いて、日本人は欧州人と同一の方向を取つて同一の主義の上に動いてゐる。だからかういふ文化かういふ生活から発生してゐる欧州人の思想は、日本人にとつても亦決して異国の思想では無いのである。科学の興隆と共に、思想発達の一階段として自然主義の起つたのも免れ難い趨勢であり、個人の活動が基礎となつてゐる今日の経済組織には、個人主義が必然的に生ずる。新しい時代のものが昔風の家族主義、古い意味のまゝの道徳に服従し難いのも、異国人の思想を学ぶところから起つたのでは無く、自分自身の現実の生活が其の主義なり道徳なりと矛盾してゐるからであつて、やはり国民の実生活そのものが昔とは変つてゐるためである。ところが昔支那思想を学んだのはさうでは無かつた。実生活とは関係なしに、たゞ思想を思想として伝へたのみである。だからそれは大体に於いて実生活から遊離した知識としてのみ採られてゐる。支那の政治的・道徳的思想、仏教の厭世観は、常にそれに接触してゐる貴族にすら真に理解せられ体得せられてはゐなかつた。たゞ何れの国民にも共通の点があるのであるから、支那思想・仏教思想に於いても、我々の民族の心生活に適合する部分のみは採用せられ信仰せられる。だから肉慾的神仙思想がもてはやされ、仏教は単なる祈祷教として行はれた。

 其の祈祷的仏教に於いても、中心観念は後生安楽よりは現世の利益である。だから語を換へていふと、旧い昔ながらの幼稚な宗教が仏教の衣を着たので、木や石の代りに仏像を拝んだだけのことである。弥陀の浄土も信ぜられ極楽往生も説かれたけれども、それよりも薬師如来や吉祥天の信仰が重かつたらう。外来の仏教に対する固有の信仰の反抗は、ほんの一時のことで、すぐに消えてしまひ、後には仏教が国教らしくなつたのみならず、所謂神仏同体の思想を以て我が国の神祇を其の教に取り入れてしまつた。仏教が到る処の宗教と結合し融和する傾向を有つてゐるのは、其の汎神的思想がかういふ態度を取るに教理上甚だ便利であつたからではあるが、我が国に於いてかういふ神仏合体が行はれたのは、仏教が単に祈祷教としてのみ国民の目に映じてゐたことを示すものである。

 民族生活の実際とは懸け離れた異国思想に接触する場合には、かうなるのが当然であるが、異国に於いて既に形をなしてゐる文芸などでは、単に其の定型を智性の上から模倣するに過ぎなかつたのである。懐風藻の詩がそれであつて、自己の心生活とは没交渉な空しき文字を型にあてはめて聯ねたのみである。従つて知識本位、技巧本位になり、千篇一律になり、情生活の表現としては何等価値がない。仏教芸術に於いては猶さらである。建築でも彫刻でも絵画でも、これらの芸術そのものが、従来我が国にまるで存在しなかつたのであるから、初めはたゞ異国人の作つた異様のものに驚歎の眼を瞠るのみであつた。さうして、我が工人が多少その記述を学び得るやうになると、新しい様式、新しい技巧がその上その上と入つて来るので、我が工人は其の後を追つかけ追つかけ学んでゆかねばならぬ。それどころではない。これらの芸術は本来仏教といふ異国の教に附随してゐるものであるから、仏の相好はこんなもの、浄土の有様はかういふもの、寺院堂塔の配置はかう定まつたもの、とのみ信ぜられ、其の典型は木や石の形がきまつてゐると同様、始めから動かせない性質のものであつた。即ち国民の信仰の象徴でもなければ趣味の表現でも無く、初めからさういふ内的意義を少しも有つてゐないものであつた。秋天に立つてゐる薬師寺の三重塔は、其の権衛といひ輪廓といひ、其の簡素にして而も変化を失はざる細部の技巧といひ、今日見ても殆ど申し分のない美しい建築である。けれども、あの層々相重なつて其の頂に聳ゆる九輪の尖端が高く碧空を摩する卒堵婆は抑々何を語つてゐるか、当時の人の何様の情調がそれによつて現はされてゐるか、或は大きな屋根が天から落ちて来て地を蔽ふばかりに見える。さうして中へ入ると光線の通らない薄暗い陰鬱な、金堂の建築に何の象徴があるか。十一面観音や四天王や十二神将や、或る教義の寓意せられたものとしては、知識の上からそれを理解することは出来ても、日本人の信仰なり想像なりから現はれたものでないから、当時の人の内生活とは何の因縁も無い別世界のものである。何から何まで異国のものである。異国のものといふよりも人間界を離れた怪物であつて、どこか知られぬ幽冥界から人の世を嚇かしに出て来たものである。多くの児女はそれを見て白日の夢にうなされるかも知れない。要するに外から持つて来た型によつて作られた工芸品であり複製品であつて、真の意味でいふ芸術品では無い。実は其の手本となつたものが、仏教芸術の歴史からいへば、既に因襲化し、便宜化し、退化したもので、芸術品としては価値の高くないものである。従つて其の作者は職工ではあるが芸術家ではない。或は其の製作者に信仰的情熱があつたかも知れないが、それは芸術的精神とは何の関係も無いものである。

 異国文化を学習し得るものが、特殊の便宜と素養と、又之に要する費用を弁ずる資力とを有つてゐるものに限られ、従つてそれが宮廷と少数の貴族と其の保護の下に存立してゐた寺院とに限られるのは自然の勢である。官府に属することはいふまでも無く、仏教に関してもまた同様であつた。寺院はもとより公衆のための会堂ではない。其の装飾に用ゐられた絵画も、公衆の賞翫すべきやうには造られず、法会の音楽も公衆のために奏せられたことは無い。文学に於いても亦さうである。言語を以て公衆の耳に訴へず文字を以て伝写させる場合に、印刷術も開けず其の文字すら特殊の教育あるものの間に行はれたのでは、文学が一般民衆と縁遠くなるのは当然である。さて、富と権力とが中央に集められた時代に於いて、貴族的文化の舞台は都府であるから、当時の文化はまた都会的であつた。地方の豪族や上番の兵士などが京の文化をひが学びに学んだことはあらう。また全国に散在してゐる国府と国分寺とは地方に向つて中央の文化を伝へる機関にはなつてゐた。けれども、それとても中央文化の貧弱な模型を示して、地方人に幾らか中央の文化を学ばせたといふまでであつて、それを中心として地方的文化が発生したのでは無い。さうして国府と国分寺とから一歩外へ出れば、四方の光景は全然それと趣を異にしたものであつた。中央政府から派遣せられた国司は、利益があるから地方に赴任はするものの、国府にゐてさへいぶせくてたまらぬ。詞藻のあるものは僚友と共に詩酒の間に盤旋して纔かに旅情を慰めてゐた。中央の都府に成長した彼等の生活に堪へられないほど、地方の空気は荒涼たるものであつた。中央文化と一般国民の状態とはそれほどに大なる懸隔があつたのである。

 都会的・貴族的文明、私人的・室内的生活は、おのづから人の趣味を壮大よりは優美に、剛健よりは柔和に、質よりは文に傾かせるが常であるが、支那流の礼文主義と仏教の慈悲思想とが一層この傾向を助長して、女性的気風を当時の都人士の間に馴致したのは怪しむに足らぬ。勿論天平時代には大規模な寺院も建てられた。思ひ切つて大きな大仏も作られた。地方の国分寺すら後世にはとても出来さうにないほど宏壮なものがあつたらしい。蓬草の間に横たはつてゐる断礎を見ても坐ろに当時の偉観がしのばれる。けれどもこれらは、支那風の政府を設けたり奈良の京を造つたりしたのと同様、前後の顧慮も無く大袈裟なことをやつた政府の事業である。趣味の発現では無くして権力の行使である。だから私生活に於ける当時の人々の趣味はそれとは違ふ。奈良朝の末の蝦夷征伐に士気の甚だ振はなかつたのは、武人にも一般に文弱の弊があつたことを示すものではあるまいか。また政府全体としては、事があれば神仏に祈祷して加護を求め、折があれば漫りに大赦を行つて仏者の所謂善根を播くをつとめたので、当時の為政者がいかに女性的な感情を有つてゐたかがわかる。

 かういふ文弱浮華な貴族によつて組織せられてゐる政府に立派な経綸の行はれる筈はない。此の時代の政府の事業として注目に値するものは蝦夷経略の一事であるが、これも大体は受動的であつて、蝦夷が侵略して来るから余儀なくそれを討伐したらしく見える。蝦夷に対する伝襲的政策がこんな風であるとすれば、奈良朝時代になつてからの政府の態度が益々生ま温いものであるのに不思議は無からう。さうして此の蝦夷経略を除いたならば政府の事業は殆ど何ものもないといつてよい。事業の無い政府は自然に腐敗する。其の上、国民生活の実情に適はない制度は実行せられず、実行せられない法令は却つて政治の弊害を醸成する。耕地国有主義、班田の制度は人生自然の要求に適はないから墾田が生じ、貴族等は政府から支給せられるだけでは生活が出来ないから、私有地を作る。さうして官僚政治の制度でありながら閥族の手に政権があり、人才登用主義でありながら重要の官職は世襲的貴族の社会で占領せられる。閥族と彼等に頤使せられる官吏とが公器を利用して私腹を肥し専恣を働くには、最も都合のよい状態であつた。孝謙・淳仁・称徳の三朝に於ける中央政府の混乱は其の表面に現出したもので、聖徳太子に始まり、天智天皇に紹述せられ、大宝令に成つた新政は、是に於いて襤褸百出したのである。さうして其の根本原因は、物質的にも精神的にも国民生活の内容と調和しない異国文化・異国政治の形式を強ひてそれにあてはめようとしたところにある。国民自身の内的要求から作り出した制度でなく、異国のものを外部から装飾として附け加へたところにある。

 こんな有様のうちに奈良朝の世は所謂平安朝に移つていつた。

 八世紀頃までの日本は、西洋近代主義を摂取した十九世紀以降とはまるで様相が違っていたようですね。

 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月14日(土)18時00分25秒
返信・引用
  > No.338[元記事へ]

 津田左右吉著『我が国民思想の研究』(岩波文庫;八分冊の一)
  第一篇「貴族文学の発達時代」第一章「文化の大勢」より抜粋

 我が上代の文化は支那の文化を学んだがために発達したのであるが、発達すると共に益々此の文化の本源に対する景仰の念が高くなり、従つて愈々深くそれを学ぼうとする。これは抑へようとしても抑へられない人間の向上心、美しいもの善いものに向つて進まうとする内的要素の自然の発現である。さうして推古朝の前後が其の憧れの著しく盛んになつた時である。実際、我が国民生活を彩る異国文化の色調は此の頃から際立つて濃厚になつて来た。それは支那の学問技芸が今までよりも一層多く伝へられ、政治や道徳の思想も入り、又支那化した仏教も伝へられたからであるが、政府の当局者が支那流の礼文政治主義を我が国に適用しようと企て、新来の文化をそれに結びつけようとしたために、特に其の調子が高まつたのである。従つて此の時代からは文化が一種の政治的意義を帯びて来て、それを表象するものが政府であるといふ形になつた。

 此の新しい政治的施設の中心は聖徳太子の事業であつて、政府の訓令めいた形で発表せられた所謂十七条の憲法も、冠位の制も、みな其の現象である。これは大化の改新の前幕とも称すべきものであるが、君主本位・官府本位の支那式政治を学ぶに当つては、第一に宮廷と政府との体面を飾らうとするのが自然の勢であり、また実際支那人に接してみると、何よりも先にそれが目について模倣したくもなり、帰化人などが顧問となつて献策するにも、それを主としたのであらう。だから衣冠を飾り朝儀を整へるといふやうなことが先づ行はれたのである。憲法にしても、やはり文字の上で支那式の礼文主義を示したまでであつて、いはば思想の上で政府の体面を整へたに過ぎない。十七条にはいろいろに美しい文字が並べ立ててはあるが、畢竟、抽象的理論、一般的教訓であつて、時勢にも国民の生活状態にも特に切実であると認められるものはない。全体に穏当ではあるが、改革者の意気は少しも其の上に現はれてゐず、充実した、力強い精神が見えない。太子の行動を見ても、「不順君父」を戒めてゐながら、蘇我馬子を抑へることが出来なかつたではないか。

 要するに太子の施設は実際の国務を改新するよりは、朝廷の外観を支那式にするのが先に立つてゐたのである。従つて是がために、前代から貴族社会に学ばれて来た支那の文化は、政府の力によつて急速に進歩するやうになつたけれども、国民の多数はそれとはさしたる関係が無かつた。政府の間にも亦国民全体の実力を発達させようといふ考は一向に無かつたらしく、憲法にも民業に関して一、二消極的の注意はあるが、積極的に産業を奨めようといふやうな様子は少しも無い。これは、一つは民を治めるといふことを主としてゐる支那式政治主義の余弊でもあり、一つは国際競争のない時代で、国民の実力に依頼して何事をかしなければならぬといふやうな事情が無かつたからであらう。だから此の新しい政治主義の効果は、単に従来からの傾向であつた貴族文化の趨勢を一層強めたのみであつた。

 聖徳太子の遺業を紹述拡恢し、蘇我氏滅亡の機に乗じて唐の制度を我が国に移植しようとしたのが、中大兄皇子と中臣鎌足との手に成つた大化の改新で、それを法文の上で完備させたのが不比等らによつて大成せられた大宝の律令であり、新制の規模を形の上に現はしたのが奈良の奠都である。これらもまた、国民生活の実際を基礎として其の内的要求から企図せられたといふよりは、唐制を模範として机の上で作り上げられたといふ方が適切である。多少の変改は勿論施されてあり、それが国情に適ふやうにとの用意からであることも想像せられるが、全体の動機と其の成績とから考へると、形式の整備が主になつてゐるやうに見える。実際その制度にはぢきに空文となつてしまふものさへあつたらしい。伴造どもの私有地が大化の改新によつて、事実上悉く国有となつたかどうかさへ疑問である。法令によつて定められた俸禄のみで、彼等が旧来の生活と地位とを維持してゆかれたかどうか、頗る覚束ない話であつて、後になつて墾田などが漸次権門の私有に帰してゆくのも、無理の無い趨勢であつたらう。班田の制なども其の初めは場所によつて或る程度まで実施せられたらしいけれども、一種の空想に過ぎない此の極端な共産的制度が長く継続せられるべきもので無いことは、いふまでもあるまい。

 それならば新しい制度に於いて何が実行せられたかといふと、それは主として政府を存立させるための事務、即ち政府の編制、其の儀式礼典などと、其の経費を支弁するために租税を徴収することとであつた。だから新制が国民の実際生活を益するところは割合に少なかつたのである。これがために産業の興るでもなく、生活の程度が高くなるでもなく、また国民としての活動が盛んになるでもなかつた。政府が多少産業を奨励したことはあるが、それは主として朝貢のためであり、学校を設けたのも国民の智能を開発するためではなくして、中央や地方の官吏を養成するためであつた。要するに凡てが政府を存立させる手段にすぎなかつたのである。

 新政の大体が国民生活の実際に適切なものでなかつたのみならず、新政府の規模もまた国務不相応のものであつた。今まで官制らしい官制も無かつた族制政治から、一足飛びに八省百官の事々しい制度を作つても、実際それだけの国務は無かつたろう。法令のみで無い。「四禽叶図、三山為鎮」として誇られた奈良の京の規模なども同様である。官闕と寺院とは輪奐の美を極め、条坊の制は整然としてゐた。けれども、あんな広い京に実際の住民はどれだけあつたか。奠都の後三十年、恭仁の宮を経営し、或は難波にも遷さうとした。よし遷都の習慣が古来あつたにもせよ、奈良の京に住民が充実してゐたならば、遷都などの考は容易に起るもので無い。それが朝に旧都を壊ち夕にまた新京を棄てたのである。自然に発達した市府と違つて、何も無い処に突然人工的街区を開いたのであるから、初めから内容の乏しいものであつたのは当然である。要するに宮殿官庁と寺院堂塔とを除いたならば、京は殆ど空虚だといつてもよいほどであつたろう。此の如く内容の無いものであつたのも、大宝令の官制と同じく、当時の政治家が何よりも先づ支那に倣って形式の整備を企てたからである。

 大化の改革、大宝の制度、奈良朝の政治は、其の根本が此の如く浮華なものであつて、国民生活に切実なものでは無かつた。それは政府事業として行はれた国史の編纂が、上代の有様を如実に伝へようとはしないで種々の造作を加へたり、実際の政務の挙がる挙がらぬには頓着なく、白雉だとか朱鳥だとかいつて祥瑞を誇つたのと同じ態度である。政府の公文も随分実際とは懸け離れたものがあつて、徒に文字を弄んでゐるものが少なくない。これも事実は文字通りにならないが、文字だけは支那式にやらねばならぬから起つたことである。自国で発達したもので無く、他の国に於いて既に出来上がつてゐる文物制度を学ぶ場合に、実際よりも形式が先に立つのは自然の勢であるが、其の手本が本来空文虚礼を得意とする支那であつてみれば、特に其の傾向が著しいことはいふまでも無かろう。其の本国ですら動もすると空虚に流れ易い制度を、すべての国情が違つてゐる我が国に適用したのであるから、初めから国民生活の実際と縁遠くなつてゐるのは当然である。

 太字強調部分に我が意を得たり、であります。

《 次稿へ続く 》


 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月13日(金)10時45分13秒
返信・引用
  > No.337[元記事へ]

☆ SHO 様


 おはようございます。

 妙な話を続けますと、

加入者はもらいたいし、会社は払いたくない。

 生保外交員としては、会社と顧客の狭間に立たされて、ここんところが最も悩ましいわけであります。
面白いと言ったらナニですが、直接の窓口になる末端営業職員や現地営業所では、概ね顧客側の言い分を代弁します。
しかし、機構及び地位・肩書が上へ行くほど会社べったり、という構図ですね。
 そこに思わぬ軋轢が生じる。

 保険料(掛け金)は、三つの予定率(予定利率・予定死亡率・予定事業費率)を基に計算されており、実際値との差が大きくなるほど収益が上がる仕組みになっています。
つまり、予定死亡率で言えば、死んだり入院したりする加入者が少ないほど、会社の実支出が減るわけで、勢い査定を厳しくしようとする。
ところが、顧客と接する末端営業職員にしてみれば、出すべき時にも出さないドケチ会社との風評が流れたら商売が成り立たない。

 恥ずかしながら会社を辞める直前、会社査定の度が過ぎて、行政から営業停止処分を喰らっちゃいました。
中学生時分、理科担当で教務主任の先生は、

    ちょうどいいのがちょうどいい

が口癖でしたよ。
 《中庸》を説く口上でしょうが、何事も極限を追求しようとすると結局は破綻してしまうという、恰好の教訓でした。

楽しみにしています。

 はい、ご期待に応えて聖徳太子の件は、次稿で筆を執りましょう。


 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:SHOメール  投稿日:2012年 1月13日(金)08時39分12秒
返信・引用 編集済
  クロ様

おはようございます。

>  横書のほうが馴染み深いということでしょうか。
> む~ん、同じ戦後生まれでありながら、世代間で斯くもギャップ(意識の違い)があるのかなあ。

いえいえ、横書きが馴染み深いというわけではございません。
不都合を感じないというだけであり、違和感を覚えないわけではないのです。

>  以前、桜掲示板でTV映画「月光仮面」を採り上げたことがあります。
> 昭和32~34年頃のの子供向け冒険活劇ですが、映像技術的には幼稚ながら、台詞を拾ってみると随所に教訓めいたことがちりばめられていて、大人になった現在でも観賞に堪えます。

小生が幼少の頃には「月光仮面」はアニメでリメイクされていました。
しかし、もはやストーリーにまつわる記憶はありません。
何らかの理由で、その後再放送が行われなかった作品ではないかと。

>  人間誰しも時機がくれば死ぬのに、若ければ若いほどおのれが死ぬなんて夢にも思っていない。
> 給料は概ね年齢に比例して高くなるから、若いうちは先立つカネもない。


人の不幸を飯の種にしている医者がいうのもナンですが(笑)、保険会社にとって、人の不安というのは商売のタネ。
不安をあおれば儲けにはなるものの、所詮、慈善事業ではないので、支払いはどうしてもシビアになる。
基本的に、会社が得するようにできているので、加入者が本当に望むようなサービスが受けられるとは限りませんね・・・少なくとも小生にはそう見えます。
たとえば保険には怪我をすると支払われるお金がありますが、実際には慢性疾患と怪我との間にグレーゾーンの横たわるケースもままあるので、診断書を書くにあたり、診療に携わる医者は患者の言い分と保険会社の言い分のと間に挟まれて不愉快な思いをさせられることもしばしばです。 加入者はもらいたいし、会社は払いたくない。
人間の身体のことですから、なかなか杓子定規にはいかないわけです。
なので、小生の加入している保険はかけ金も小額で本当にささやかなもの。
何かあったときは、それを運命と思って受け容れるというスタンスです。
・・・なんだか妙な話になってしまいました(笑)。

>  津田師の書物は、ちょうど聖徳太子が登場したところです。
> 津田先生にかかったら、さすがの聖徳太子も形無しです。

楽しみにしています。
 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月12日(木)21時10分37秒
返信・引用
  > No.335[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんにちは。

最近では日本の書籍も横書きのものが増えてきましたね。
ネット生活が長くなってきたせいか、それに不都合を感じることもなくなってきました。

 横書のほうが馴染み深いということでしょうか。
む~ん、同じ戦後生まれでありながら、世代間で斯くもギャップ(意識の違い)があるのかなあ。

 《団塊の世代》である私の幼少時分は、周囲の大人たちがみんな戦前・戦中の体験者だったし、戦争の傷痕がそのまま残っていた時代に育っています。
故に、戦争の実体験がなくとも且つ“GHQ史観”に基づく教育を受けようと、心情的にはごく自然なかたちで戦前と繋がっていましたよ。

 歴史的仮名遣いにしても、親たちが公然と遣ってましたから、現代仮名遣いにはない「ゐ(ヰ)」「ゑ(ヱ)」の文字も、学校で教わる以前から知ってました。
もっとも、仮名というより漢字だと思ってましたけどね。

 以前、桜掲示板でTV映画「月光仮面」を採り上げたことがあります。
昭和32~34年頃のの子供向け冒険活劇ですが、映像技術的には幼稚ながら、台詞を拾ってみると随所に教訓めいたことがちりばめられていて、大人になった現在でも観賞に堪えます。

 これに出てくる手紙やメモの類は大方縦書。
第1部のタイトルも「月光仮面現はる!」と歴史的仮名遣い。
原爆以上の威力を持つ“HOジョー発爆弾”を巡り、どくろ仮面一味(悪)と月光仮面および官憲(正義)との争奪戦という展開なのですが、結末は人類平和が訪れる日まで月光仮面が秘密裡に預るというもの。

 よくよく観ると、どくろ仮面一味は欧州に本部を持つ国際秘密組織の日本支部なんですね。
組織拡大手口は古典的な金銀財宝や地位・肩書で釣る方法。
人間の欲望が地獄の底へと招き寄せるわけ。
血も涙もない悪党団のはずですが、この頃は悪党なりの道徳観を持っていて、部下思いだったり抵抗しない相手を傷つけたりは決してしない。

 大げさに言えば、まだ《武士道》の残滓があった頃と言うことでしょう。

大衆の目線はどうしても現在時制に囚われがちです。
せいぜい、過去と現在とを区別するのが精一杯で、未来を創造するために現在にタネを蒔くという発想が乏しい。

 最も行きたくなかった金融機関の生命保険会社に、図らずも自分がお世話になったわけですが、生保営業ほど難しいものはない。
何せ加入したい人(つまり、病弱な人)を敬遠し、若くて活きのいい人を選んで加入させなくてはならない。

 人間誰しも時機がくれば死ぬのに、若ければ若いほどおのれが死ぬなんて夢にも思っていない。
給料は概ね年齢に比例して高くなるから、若いうちは先立つカネもない。
まして、予測できない将来の計画などは二の次、不況ともなれば真っ先に切り捨てられるのが生命保険、ってなわけ。

 まだ新入社員だった頃、勧めていた家庭の大黒柱が交通事故死!
そうとは知らず訪問したら、奥さんに「なぜもっと強く加入勧奨しなかったのか。」と逆恨みされたことがあります。
生命保険が世の中の役に立っている、と実感したのはこの時ですね。

 何だか妙な話になってしまいました。
すみません。

 津田師の書物は、ちょうど聖徳太子が登場したところです。
津田先生にかかったら、さすがの聖徳太子も形無しです。
戦時下で発禁処分(この本ではない)になったのもわかるような気がします。

 この部分については、後日、改めて。
ということで、本日はこれにて失礼いたします。


 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:SHOメール  投稿日:2012年 1月12日(木)08時33分37秒
返信・引用
  クロ様

おはようございます。

>  なお、新聞(ニュースペーパー)ですけど、今や中国紙も韓国紙も横書になっています。
> 漢字文化圏で縦書を踏襲しているのは、日本と繁体字圏の台湾・香港だけ

それは知りませんでした。
最近では日本の書籍も横書きのものが増えてきましたね。
ネット生活が長くなってきたせいか、それに不都合を感じることもなくなってきました。

> 《当時の賢者、あるいは指導者たち》が、《大衆》に先行して未来を創造していた


おっしゃる通りですね。
大衆の目線はどうしても現在時制に囚われがちです。
せいぜい、過去と現在とを区別するのが精一杯で、未来を創造するために現在にタネを蒔くという発想が乏しい。
現在時制で予見できる未来など、高々知れているという謙虚さが必要なのです。
未来は、多くの人間にとって想像を超えた世界となるはずです。
そして、想像を超えているからこそ、逆に創造できる余地がある。
過去の人々の目線で、どの程度未来を想像し得たかを想像してみれば、歴史に対して謙虚でなければならぬように、未来に対しても謙虚でなければならぬはずです。
現在の視点で過去を裁いてはならぬように、現在の視点で未来を決め付けてもいけない。
それがわからぬ限り、どれほど歴史の知識を蓄えようとも、所詮は学者止まりで賢者足りえず、自らが大衆であることを脱却することはできないように思います。
 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月11日(水)21時50分25秒
返信・引用
  > No.333[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんばんは。

 まったく掲題に関係ないですが、昨年暮れにデスクトップ液晶モニターを時流に乗って17吋標準(4:3)から23吋ワイド(16:9)に買い換えました。
確かに映画鑑賞等には便利なのですが、文字情報主体のこの掲示板は、横にベロ~ンと長くなり過ぎて読み辛いこと夥しい。
ワープロでも横書の場合、1行あたり35文字程度が標準みたいですし、あまつさえ行間が極く狭い当板にあって、1行100文字も並んだら次の行さえ見失ってしまいます。

 漢字文化圏の作文は、本来が縦書ですよね。
横長の巻紙に毛筆で縦書していた。
横書が主流となってしまった現代ではありますが、それでも用紙を横長にして書くことは稀で、大抵が縦長に用いているはずです。

 つまらないことですが、こうした何気なく習慣化されたことに逆らう行為は、意外と生理的な苦痛を伴いますね。

 このe-yama製モニター、その辺りの消費者クレームを予測して配慮したのか、何と画面を90度回転させて縦長にして使えるようになっています。
さすがは、顧客第一主義と卓越した技術を誇る我が日本の企業です。

 脱線ついでに面白い話を一つ。
またしても韓流ドラマを例に出してすみません。
朝鮮(韓国)とて元々漢字文化圏ですし、ハングルだって本来が縦書のはず。
ところが、韓流時代劇で文字を読む場面になると、演技者の視線が左から右に移動する(つまり、横書文を読むかのように)のですよ。
決して上から下へと縦書文字を追う様子ではない。
この傾向は、若い俳優ほど顕著です。
縦書文を読む演技はそれらしく誤魔化せても、最初に左側へ視線が行ってしまうのが何とも痛い。
おそらく監督スタッフも、そんな細かい部分にまで演技指導が及ばないのでしょう。
そこへ行くと、高齢の俳優の場合は、さすがに縦書文を読む演技が堂に入ってる。

 なお、新聞(ニュースペーパー)ですけど、今や中国紙も韓国紙も横書になっています。
漢字文化圏で縦書を踏襲しているのは、日本と繁体字圏の台湾・香港だけです。
同じ表意文字の漢字だって、大陸やシンガポールで用いられる簡体字になると、普段遣わない我々にとっては、元の漢字を捜すほうが大変。

 否応なく身に付けてしまった《習慣》も、考えようによっては恐ろしいですね。

古の日本人の国民性を探る場合、大衆の全体的傾向がどうであったかという視点と、当時の賢者、あるいは指導者たちが何に至高の価値を見出していたかという視点の両方が要りそうですね。

 同意です。
私なりの考えでは、《当時の賢者、あるいは指導者たち》が、《大衆》に先行して未来を創造していた、とも言えるのではないでしょうか。


 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:SHOメール  投稿日:2012年 1月11日(水)18時50分7秒
返信・引用
  クロ様

こんばんは。

> 有名な《武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。》の件も、太平に慣れた武士たちが生きる事に執着する時代なるが故の警告であろうし、当時の武士が挙って死ぬ気でいたのなら、山本常朝師だってこんなお説教(?)を垂れる必要もなかったでしょう。
>  国民性といった場合、上流・下流の両極ではなく、大多数を占める中流層(民衆・大衆・庶民といったレベル)の持つ資質を指すのでしょうから、宜なるかな、ではあります。

古の日本人の国民性を探る場合、大衆の全体的傾向がどうであったかという視点と、当時の賢者、あるいは指導者たちが何に至高の価値を見出していたかという視点の両方が要りそうですね。
 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:クロメール  投稿日:2012年 1月10日(火)20時02分8秒
返信・引用
  > No.331[元記事へ]

☆ SHO 様


 こんばんは。

昔の日本人の気質と現代の日本人の気質に、全体として大衆レベルでは共通項を見出せるというのが面白いですね。

 そうなのですよ。
恥ずかしながら、私奴が信じきっていた《日本人像》とは、大衆レベルではなく歴史上の人物(概ね“偉人”)を標本として想像を巡らせていたものですから、そこに重大なる齟齬があったわけですね。
 よくよく考えてみれば、歴史に名を遺した人を当時の平均的な日本人と錯覚したのがそもそもの間違い。
凡庸な大衆(?)が出来ない(やらない)ことを成し遂げたからこそ、歴史に刻まれたのでしょうから。

 三島由紀夫は『葉隠聞書』を“逆説の書”としているようですが、まさにそのとおり。
有名な《武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。》の件も、太平に慣れた武士たちが生きる事に執着する時代なるが故の警告であろうし、当時の武士が挙って死ぬ気でいたのなら、山本常朝師だってこんなお説教(?)を垂れる必要もなかったでしょう。

 国民性といった場合、上流・下流の両極ではなく、大多数を占める中流層(民衆・大衆・庶民といったレベル)の持つ資質を指すのでしょうから、宜なるかな、ではあります。

 さて次は、上代を締め括る「文学の萌芽」の結語部分です。

 我が国に於いて文学といはれる程のものは、最初から漢文字に写されたものであり、特に民謡の類を除く外は、多少なりとも支那文学の影響を受け、少なくともそれに接触してから形成せられたものであつて、従つてまた貴族的の産物である。さうして、それが一般民衆の間に行はれたもので無いのみならず、社会的状態が民衆をして異国の文化に接触せしめる機会を与へず、又幼稚な文化の程度にある民衆は、それを吸収する力もなく、学習しようとする要求をもしなかつたのであるから、かういふ貴族的文学は容易に民衆の間に弘まらなかつた。

 たゞ民謡と民間説話とだけは、古くから民衆の間に行はれてゐた国民固有のものであつて、それが貴族社会の手で精錬せられて記紀に見える歌ともなり、、また神代史中の種々な挿話ともなつたのであるから、それによつてやゝ上代文学の萌芽を覗ふことが出来る。また貴族文学とても、それに現れてゐる思想と感情とに至つては、大体に於いて我々の民族生活に固有なるものであつたのである。それは貴族の間に於いても、支那の思想が単に実生活から遊離してゐる知識として存在してゐるのみで、また彼等の情生活と融合し、彼等の人格の一要素となるまでになつてゐなかつたからである。

 うぶな私人の感情、即ち主として恋を詠じた歌謡の類に於いては猶さらである。さて、こんな風にして芽をふき出した文学が、支那文化の益々盛んに入りこんで来ると共に、又それによつて一種の貴族文化が形づくられると共に、どういふ発達をしてゆくかが、此の書に於いて研究しようとする最初の一問題である。


 

Re: 日本人の国民性

 投稿者:SHOメール  投稿日:2012年 1月10日(火)12時55分58秒
返信・引用 編集済
  クロ様

こんにちは。
今回の序論、興味深いですね。

> 読むにつれ、信じきっていた《日本人像》が悉く覆される思いがしている。

小生の場合、日本人像が覆されるというほどの感慨には至らないようです。
とはいえ、昔の日本人の気質と現代の日本人の気質に、全体として大衆レベルでは共通項を見出せるというのが面白いですね。

>  楽観的で快活な気分が養はれた代りに、安易な生活をする者の常として、得難いものを得ようとする希求の念が弱く、従つて強い意志が無く、奮勉努力の精神、冒険的の気象などは養はれなかった。満足はしつゝも人生其のものに対して深い執着が無く、飽くまでも人生の歓楽を領略しようとする情熱が乏しい。我を忘れて踊り狂ふ調子も無い。すべてが軽快で、うはすべりがしてゐて、低調で、微温的である。争闘と苦痛と不安との間から生まれる反省沈思の念はいふまでもなく生じない。これが我が上代人の有つていた楽観思想の半面である。

まるで今流行りの草食男子の起源を見るようです(笑)。
ここから垣間見える事実とは、上代人は楽観的であったということ。そして穏やかで平和的であったということですね。敵がいないから葛藤もない。あるいは、葛藤がないから、敵もいないのかも知れません。深い執着がないから、略奪も起こらない。
けれども一方では“満足”しているわけですから、幸福がある。
要するに、足るを知っていた。
否、足らざるを知らなかったというべきでしょうか。
蛇にそそのかされて禁断の実を食べる以前のエデンの住人を思わせます。
それはまた黄氏の指摘する古の日本人像と何ら矛盾するものでもありません。

>  かういふ民族が或る時期に於いて我が皇室の下に統一せられたのである。地方的小君主は概して甚だしき抵抗なしに服従し、其の大部分は旧のまゝに豪族として配下の土地人民を所有することになつたらしい。勿論、武力も用ゐられたではあらうし、後々までも、かの出雲建や熊襲建の伝説によつて知られる如く、多少の反抗者は出たであらうが、大体からいふと、一旦統一せられた後は、多くの豪族は喜んで我が皇室に帰服してゐたので、皇室と諸氏族との間には親和な関係が成り立つやうになつた。だから皇室も威力を以て彼らを抑圧せられることが少なかつたのである。

つまり、国民一人ひとりの在り様が平和的であったからこそ、その統一も平和的であったといえるわけですね。そして、そういう国民の気質は、恵み豊かな自然に育まれたものでありましょう。

>  あまりに程度の違つた異国の文化に卒然と接したのであるから、何よりも先にそれを学習し模倣しなければならなかつた。模倣に巧である。自己の生活から自己の文化を創造するよりは自己を捨てて異国文化の形式に順応しようとする、邦人の一習性は既にこゝに萌してゐる。其の上、模倣と学習とは主として智力の働きであるから、一種の知識主義といふような傾向が養はれ、知識を偏重して自己の純真な情生活を軽んずるやうな態度が生ずる。真の自己を忘れて異国人から得た知識に順応するため、知らず識らず虚偽の生活をするやうになる傾向がある。さうして、これがおのづから、我執の少ない意欲の弱い固有の民族性にも適合する。

今日見られる知識偏重主義は、ずっと以前にそのルーツを辿ることができるわけですね。
納得です。

>  従つて異国思想を学ぶことは実生活から遊離した一つの知識的遊戯になつてしまふ。我が国に入つて来た仏教や儒学には大体に於いてかういふ傾向を免れなかつたのである。
>  それからまた、外から入つてくるものを学ぶ習慣が自然に新しいものを好む性情を我が国民に養はせた。自分のものより善いものが外にあれば直ちにそれを学ぶ。旧くからのものより、新しいものが目につけば忽ちそれに趨くのもこれと同じ心理である。我が国の文化の発達して来たのは一つは之がためであつて、固定しないでよく新しいものを享受したからである。が、其の半面には落ち着きのない、変り易い、しつかりしないといふ、欠点が伴ふ。何事に対しても長い年月を費やして一心不乱に努力するよりも、手つ取り早く片付けてしまはうといふ性質もまたこゝから生ずる。さうしてこれもまた、軽快な、淡泊な、浮つき易い固有の国民性と調和してゐる。

鋭い指摘ですね。
新しいものにすぐかぶれ、軽佻浮薄な流行に流されやすいわが国の国民性のルーツを垣間見る心地です。

>  それのみで無い。異国から優秀な文化が常に入つてくるために、文化の点に於いて国民の誇りが無く、従つて国民的自負心が発達しない。もつとも其の代り民族的偏執の気風も養はれないので、我が国に来る異国人は古来何時でも尊敬せられてゐる。支那人・欧州人のやうに異民族を軽侮する悪風の無いのは甚だ結構であるが、個人に自尊心の無いと同様、国民に自尊心の無いのは、国民としての重大な一素質を欠いてゐるのである。

異民族を侮蔑しないという性質は、わが国に誇れるものが乏しいために自尊心の発達がなかったからだという分析のようですが、本当は他者を尊重するという性質に由来するのではないでしょうか。
“プライドが高い”というのは、わが国においては比較的好意的に用いられることの少ない人物評で、“でる杭は打たれる”のように、スタンドプレーを嫌う、即ち和を尊ぶ平和的な国民性の賜物として、その性質があるように思えます。

>  宗教に関して、幼稚なアニミズムのところへ突然支那の思想が入り、また仏教が入つた。外来の思想の方が遙かに程度の高いものである。たゞ異国の宗教はどうしても国民生活とはしつくり合はない。それを知識として受け入れることは出来るが、実際生活には容易に融和しない。例へば支那の哲学思想に刺戟せられて天御中主神が現れても、それが宗教的信仰となつて民衆の間に崇拝せられるやうにはならぬ。仏教の厭世思想は国民の楽観主義とはあまりに距離が遠くて容易に手がつかぬ。そこで実際の信仰としては、固有の宗教が幼稚な状態のまゝで後まで遺る。さうして異国の宗教はそれに変わつた衣装を着せるだけに止まるか、又は幼稚な状態に適合する方面だけが信仰として行はれ、支那の宗教思想は怪しげな陰陽道になり、仏教は単純な祈祷教となつてしまつた。さうして其の仏教は何時まで経つても同じ祈祷教であつて、国民の宗教思想がそれがために進歩することは少なかつたのである。万事が此の風であつて、政治でも風俗でも皆さういふ傾向がある。

この分析はその通りだと納得させられますね。
しかし、アニミズムが幼稚であるか否かは主観的な問題ではないかと。
それは幼稚というのではなく、原始的であると同時に本質的なのだと小生は思います。
わが国の場合、葛藤の乏しい国民性ゆえ、あまり複雑難解な理屈を要さずとも、人々は楽々と生きることができたのかも知れません。
もとより、哲学や信仰は葛藤なくしては発達しえません。 なぜなら、それらは葛藤を克服するためにあるからです。
むしろ難解な理屈を必要としなかったという事実から、葛藤から縁遠く、楽天的で平和的であった祖先の在り様をうかがい知ることができるように思いますね。

>  知識についても同じような現象がある。全体に知識の幼稚なところへ急に支那の学問や仏教が入つて来たから、すべてがそれに圧迫せられて、自分自身で知識を開いてゆくことが出来ない、自分自身の眼孔で宇宙万有を視、其の不可思議な現象に驚歎し、又それに疑惑を抱いて事理を考察しようとするでもなく、支那や印度の独断説に接したので、頭からそれを信じてしまふ外は無かつたのである。支那の学問も仏教の経論も、大部分は論理上の遊戯といつてもいいやうな、煩瑣な、力の無い、さうして日常生活に交渉の浅いものであつた。知識を得るに全力を費やしたのであるから、自分自身なり事物そのものなりを対象として深切に観察し研究しようといふ欲望は養はれず、真の智力も学問も発達しなかつたのである。

たとえ知識は幼若であったにせよ、知恵がなければそれらを活用するには至らないものです。一般庶民の在り様がどうであれ、それらの知識を活用し得たという事実を以って考えれば、わが国はそれらの文明なり文化なりを咀嚼してのける十分なポテンシャルを有していたものと考えられます。

>  しかしながら、幸ひに我が国は大陸的勢力の影響を直接に蒙らない位置にある島国であるから、政治的独立をば曾て傷つけなかつた。こゝに国民の最大の誇りがある。これらの事情から、我々の民族は韓半島の住民などとは違つて、自然に国民としての独立的精神を養ひ、長い間に漸次一種の国民文化を形成することが出来たのである。何時でも輸入時代・模倣時代が前に来て、その後の長い間に徐々に国民化が行はれる。これが古今を通じて我が国民文化の発達する形式である。

> 民族生活の根柢がしつかりしてゐて、其の民族が自己の生活を向上させ拡大させるだけの活気と力とを有つてゐ、又環境がそれに適当してゐるならば、特色ある国民文化が必ず其の間から発展して来る。さうして実際の民族生活に適切でない異民族の文化は其の民族を根本から動かすことができないのである。

優れた洞察ですね。
今後の展開に期待しています。

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